第73話 女道化師クローネ

 マルシア国の王女フローラは、九歳のお誕生日に父王ちちおうから珍しい贈り物をもらった。それは宝石ではなく、ドレスやペットでもない、小さな女の子の道化師どうけしだった。

 その少女は顔に滑稽こっけいな化粧をほどこし、道化の衣装を着て、どこから見て一人前の道化師だ。名前はクローネという、この子の父親も道化師だったが、戦火に巻き込まれて命を落としてしまい、少女は孤児になった。

 そして、フローラ姫も母親を病気で亡くしてから、毎日々泣いてばかりだった。悲しむ姫のために、遊び相手になればと父王が道化師の少女を連れてきたのだ。

 フローラ姫も道化の少女も同じ九歳、ふたりはすぐに仲良しなった。

 クローネは父から受け継いだ道化師の芸で、歌ったり、踊ったり、ひょうきんな格好をして、フローラ姫をいつも笑わせていた。

 あんなに元気がなかった姫が日に日に明るくなって父王も安堵した。寂しがり屋の姫のため、クローネも同じ寝室で休むことを許されて、まるで姉妹のように、ふたりは一緒に育っていった。


 シェイクスピアのリア王にも描かれているように、道化というのは王の側近中の側近である。常に王の傍らにいて行動を共にする。

 王の悩み事の相談相手であったり、時には君主に苦言くげんていするのは、道化師だけの役目なのだ。


 クローネが姫の元に仕えて八年の歳月が経った。大きくなっても二人は仲良しだった。

 この頃には、フローラ姫は道化の真似をして、侍女じじょたちをよく笑わせていた。背格好も髪の色も瞳の色まで同じなこのふたり、道化の格好をすれば、姫とクローネどっちがどっちか見分けがつかないほどそっくりになった。

 しかもクローネは人前では絶対に素顔を見せない、彼女の素顔を知っているのはおそらくフローラ姫だけであろう。


 平和だったマルシア国に、突然、ゴルダン国の軍隊が攻め込んできた。

 ゴルダン国の王は戦いが大好きで、周辺国を次々と侵略して、財宝と美しい女たちを奪っていく、凶悪な君主である。

 実はクローネの父親は敗戦国の王に仕えていた道化師だったが、ゴルダン王が召しかかえるという誘いを断って、主君と共に処刑されたのだ。

 再び、憎きゴルダン王がクローネが仕えるマルシア国を侵略しようとする。平和だった、この国の軍隊は脆弱ぜいじゃくだったため、瞬く間に、城下は焼き払われ多くの民衆が虐殺された。フローラ姫の父王も敵に殺されてしまった。ついに城はゴルダン王に奪われて、全員捕虜となった。

 美しいフローラ姫をひと目見て気に入ったゴルダン王は、我が後宮に入るよう命令する。だが警備の隙を突いてフローラ姫は城から逃げ出した。そしてクローネの姿も消えてしまっている。

 三日後、姫は追手に捕まり命令に背いた罰として火あぶりの刑をいい渡された。

 広場に薪が高く積み上げられて、中央の柱に姫が縛られていた。捕まる時に抵抗したせいか、顔はどす黒く腫れあがり髪も乱れていた。あれが美しいフローラ姫かと思うほど悲惨な姿であった。

 やがて薪に火が付けられて、じりじりと姫の体が焼かれていく――。


  豚の王様 ゴルダン王よ

  おまえの腹は毒蟲どくむしだらけ

  笑えば口から這い出してくる

  地獄に堕ちろ 地獄に堕ちろ

  魔女がイヒヒッと笑いだす


 フローラ姫は息絶えるまで、そんな不気味な歌をうたい続けた。まるで呪詛じゅそのようだと皆は耳をふさいだ。


 姿を消していた女道化師クローネは、ある国の城主に拾われていた。

 この国はザビーナという女王が治める国で、彼女は男よりも女が好きな同性愛者、側近たちは皆女兵士たちだった。美しき女道化師クローネが、女王のお気に入りになり、いつも傍らにはべらせていた。

 ザビーナを女王だからと侮るなかれ、彼女は戦術の天才で、今まで幾度も戦いに勝ち抜いてきた名君なのある。

 ――ザビーナ女王にクローネが進言した。

 おぞましき暴君ゴルダンを、我が国の軍隊で滅ぼしてしまいましょうと――元より、けだものゴルダンが大嫌いなザビーネ女王は、その言葉に出兵のチャンスをうかがうようになった。

 ついに好機到来こうきとうらい、ゴルダン国が洪水で国土の半分が水に浸かったとき、ザビーネ女王は大軍で攻め入って、ゴルダン王の首を打ち取った。

 戦勝の宴で、女道化師クローネは憎きゴルダン王の生首を、手毬てまりのように投げたり振り回して狂喜乱舞きょうきらんぶしてうたった。


  豚の王様 ゴルダン王よ

  おまえの頭に毒蛇がいる

  笑うと口から這い出してくる

  地獄に堕ちろ 地獄に堕ちろ

  悪魔がギャハハと笑ってた


 鬼気迫る、その歌は皆の耳から離れなかった。

 宴のあと、クローネの姿が見えなくなっていた。翌朝、城内の井戸に身を投げて死んでいるのが見つかった。水に浸かった死体は化粧がとれて美しい乙女に顔になっていた。

 復讐を遂げてもう思い残すことがなくなったのだろうか。仲良しだったフローラ姫の待つ冥途めいどへと旅立ったのだ。

 このふたりの容姿はそっくりなので、火あぶりになったのがフローラなのか、井戸に身を投げたのがクローネなのかは謎のままだった。

 ――もしも、女道化師クローネを二人で演じていたとしたら笑えない話である。

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