第68話 命の螺旋
「ああ、確か……この辺りだったわ」
妙子は雑草に覆われた空き地に立って、敷石を探しながら玄関のあった場所を探っていた。
こんな草ぼうぼうの空き地にかつて民家があったことなど誰も知らないだろう。
そこには青々した
玄関の前の敷石がやっと見つかったので、そこに花を置いて線香を立てる。両手を合わせて祈れば――あの日のことが妙子の脳裏に浮かび上がってくる。
昭和四十年代、小学校三年生だった紗子には中学一年生の姉と五年生の兄がいた。父は農協に勤めていて、母は専業主婦だった。
どこにでもあるようなごく平凡な家庭だったと思う。
全て失くして、当時を振り返る写真もないが、父の実家に両親の結婚写真と兄弟のお宮参りの写真だけが残されていた。
あの日、紗子は熱があって学校を休んでいた。季節の変わり目にはよく熱を出すような
その日はお父さんの給料日なので夕飯はすき焼きだった。
隣の部屋から美味しそうな牛肉の焼ける匂いが漂ってくるが、紗子は熱があるので食べさせて貰えなかった。
けれど、お母さんは林檎をすり潰してジュースを作ってくれたし、お姉ちゃんは図書館で借りた「小公女」を枕元で読んでくれた。いつもは乱暴なお兄ちゃんまでも心配そうに覗いてキャラメルの箱を置いていった。
お父さんは「また、紗子は熱出したんか? もっとご飯食べんと大きくなれんぞ」と、大きな掌でワシワシと撫でてくれた。――温かい家族の愛がそこにあった。
「妙子、妙子起きて!」
真夜中に泣き叫ぶようなお母さんの声で妙子は目を覚ました。
パチパチと弾けるような音がして、襖やカーテンが赤く燃えていた。寝ていた妙子をきかかえるようにして、母は広縁から外へ飛び出した。いったん、垣根の向うまで出ると妙子をそこへ横たえて「お父さんと子供たちがまだ中にいる」そう呟くと、「妙子、ここを動くんじゃないよ。お前は残るんだ!」そう叫んで、再び家の中に母は飛び込んでいった。
「お母さーん! お母さーん!」
燃えさかる家に向かって妙子は必死で叫び続けた。
父はお酒を飲んで奥の部屋で熟睡中、二階の子ども部屋の兄弟は逃げ遅れ、家族を助けようと炎の中に戻った母も焼け死んだ。ほぼ、家が全焼してから消防車がやってきたが、保護された女の子は泣いてばかりで喋れない状態だった。
一夜にして妙子は家族を失い独りぼっちになった。
出火の原因は
その後、妙子は父の実家の伯父に引き取られた。伯父夫婦には子どもがいなかったので大事に育てられたが、どんなに楽しいことも妙子は心から楽しめない子どもになってしまった。――自分一人生き残ったことに罪悪感があった。
いつも考えていた、神様はなぜ妙子だけを生き残らせたんだろう?
答えが出ないまま、妙子は大人になり結婚して子どもを産んだ。初めて我が子をこの手に抱いた時、母が生きていたらなんて言うだろうと思うと涙が溢れた。
自分は生きていたから再び家族を作ることができた。きっと神様は父や母の遺伝子を後世に残すために妙子を生き延びさせた。最後に母が言った「お前は残るんだ!」それはこういうことだったのだ。――我が子を抱いて、そのことを妙子は実感した。
DNAの
妙子には二人の息子がいる。長男はアメリカで結婚して、年に一度、金髪の嫁と混血児の二人の孫を連れて日本へ帰ってくる。今年三十歳になる次男は自動車メーカーに勤めて、親と同居している。結婚しないのは心配だと思う反面、いつまでも傍に居て欲しいという親のエゴもある。
いつもなら夫の運転で実家の供養に来るのだがゴルフに出掛けていない。今日は次男の車に乗せて貰った、その白いワゴン車に向かって妙子は歩き出す。
「待たせてゴメン!」
「ああ、もう終わったの」
車のシートをリクライニングさせて次男は音楽を聴いていたようだ。
「草ぼうぼうで家の跡が分からなかったよ。だけど、ここには母さんの家あった」
子どもの頃に、この空き地に何度か連れて来られたことがあったので、コクリと次男は頷いた。そして、イヤホンを外しながら、
「母さん、俺さあ、今度結婚しようと思うんだ」
「えっ!」
いきなりの次男の言葉に驚いた。
「彼女のお腹に俺の子どもがいるんだ。男としてケジメをつけて結婚するよ」
そういって照れ臭そうに笑った。
ああ、家族が増えるのは本当に嬉しいことだ。
「おめでとう!」
実家のあった草叢に向かって、妙子は呟いた《お父さん、お母さん、あなたたちの血を繋ぎましたよ》失ってしまった家族、そのDNAの
※ この話は、次のストーリー「命の光」に繋がります。
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