第67話 猫股神社

 ボクらの通学路の途中に小さな神社があります。

 そこの賽銭箱の上では、いつも大きなチャトラの猫が寝そべっています。まるで置き物みたいに微動びどうだもせず、その猫は毎日その上で寝ているのです。

 一度、クラスのいたずらっ子カズキ君が猫に石を投げたことがあります。驚いた猫は逃げましたが、その帰り道、カズキ君は自転車が転倒して腕を骨折しました。

 それだけではありません。

 近所のおじいさんが賽銭箱の猫をホウキで追いはらおうとしたら、翌日、血圧が上がって入院することになったのです。

 賽銭泥棒の不良グループが傷害事件を起こして、全員少年院送りになったりと、何度もそういうことがあって、賽銭箱の上の猫を追いはらったら祟りがあるという都市伝説できあがりました。


 その日のボクは最悪の気分でした。

 いじめっ子のタカオ君が、ボクの履いている上靴を教室の窓から放り投げました。抗議すると「生意気いうなっ!」とげんこつで殴ったのです。口の中が切れて血の味がします。また明日もいじめられるのかと思うと……もう、二度と学校へいきたくない。

 神社の賽銭箱にもたれて、そんなことを考えていました。

 すると、背後から視線を感じたのです。振り向くと、賽銭箱の上の猫がボクの方をじっと見ていました。いつもは寝てばかりで起きているのは珍しい。

「猫はいいなぁー、ボクは人間がイヤになっちゃった」

 ため息じりにそう呟くと、「ワシと交代せんか?」そんな声が聴こえてきました。誰だろうと辺りを見回したけれど、猫しかいません。

「オカシイなあー、誰の声だろう?」

 ニャオーと、大きなチャトラがひと鳴きすると、ボクの側にやってきました。

「小僧、今のはワシの声じゃ」

 はっきり聴こえる声で人間の言葉を猫が喋ったのです。驚いたボクの目はまん丸になりました。

「驚くのは無理もない。ワシはこの猫股神社の神使しんしでトラジという」

「しんし?」

「神様の使いのことだ」

「ここは猫の神社なの?」

「そうじゃ、ここの鳥居から猫神界ねこしんかいにつながっておる。ワシはここで百年間門番をしておったが、そろそろ引退したい」

「人間の僕に代わりができるの?」

「ついてこい!」

 トラジは先導するように、ボクの前を歩く――。

「見ろ! あれだ」

 なんと、ボクらの通学路に巨大な透明の鳥居が出現した。

「人間に可愛がられて長生きした、徳の高い猫はこの透明の鳥居を潜って、猫神界ねこしんかいに入る」

 猫神界なこしんかい? それって猫の天国なのか。

 トラジの後ろについて、ボクは透明の鳥居を潜った。一瞬、すごい光に包まれ眩しくて目をつむった。そーっと、目を開けたら……そこは不思議なの世界だった。


 森のような場所に、花が咲き乱れ、きれいな小川が流れていました。猫たちは人間みたいに洋服を着て、みんな立って歩いているのです。――その猫たちにはシッポが二本ありました。

「おや、それは人間の子どもじゃないか?」

 ズボンをはいた黒猫がボクの方を見ていいました。

「ワシの代わりに神使しんしになって、透明の鳥居の門番になってもらう子じゃよ」

「人間の姿のままでは無理だろう」

「この子の人間の魂を抜いて、猫の魂を入れて、猫として生まれ変わってもらう」

 えっ! 魂を抜くって? じゃあボクは死んでしまうの。

 トラジの話を聞いて、急に怖くなってきた。ボクが猫になってしまうなんて……。

 ふいに、昔、おばあちゃんの家で飼っていた猫のことを思い出した。

 タマミという白猫で二十年以上生きていたが、ある日、突然いなくなった。「猫は死ぬ時、どこかへ消えてしまうんだよ」おばあちゃんが寂しそうにいった。タマミは可愛がられていたから、もしかしたら透明の鳥居を潜って、ここにいるかもしれない。

「ねぇ、ここにタマミという白猫がいませんか?」

「タマミ? ああいるよ」

 森の奥に向って、名前を呼ぶと、スカートをはいた白猫がスキップしながらやってきました。

「タマミ?」

「あら、コウちゃん? 大きくなったわね」

 シッポが二本あるけれど、おばあちゃん家で飼われていた猫のタマミです。

「どうして、コウちゃんがここにいるの?」

 その質問に、さっき黒猫に説明した通りのことをトラジが答えました。

「ダメ! コウちゃんは人間なのよ」

「だって、ボクは……」

 学校でイジメられて、猫になりたいというと、

「弱虫! そんな理由で逃げちゃダメだよ」

 タマミに叱られました。

「じゃが、ワシはもう引退したいんじゃ……」

 トラジが文句をいうと、タマミが宣言した。

「アタシがトラジの代わりを務めるから、コウちゃんは人間界へ帰して!」 


 通学路の途中にある神社の賽銭箱の上に、今では白猫が寝そべっています。

 その側をボクが通る度に、『コウちゃん、頑張れ!』と白猫がエールを贈ってくれるのです。その声は、もちろんボクにしか聴こえません。

 タマミの姿を見ると、ボクは勇気がりんりん湧いてきます。

 よっしゃ~、いじめられっ子から脱出するぞぉー!

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