第64話 山田くんの奇跡
ずっと不登校だった山田くんが三ヶ月振りに登校してきた。
山田くんは部屋でヒッキーをしていて、家族とも顔を合わせずにいた。三ヶ月間、一日一度だけ部屋の前に置かれた食事を食べるだけで、風呂にも入らないし、トイレは家族が寝静まってからしかしない。徹底的に他者を排除した生活を送っていたのだ。
何度も家族が話し合おうとしたが頑として部屋から出て来なかった。
そんな山田くんだったが最近、部屋の中で誰かと喋っている声が聴こえてくるようになった。それで家族はもうダメだ! これはバイオハザード病院へ連れていくしかないと諦めていたところ、突然、山田くんが部屋から出てきた。
そして、三ヶ月振りに風呂に入り、その後は理髪店に行って散髪をしてきた。家に帰ると自分の部屋の中をきれいに掃除した。
驚いて見ていた家族に向かって「ご心配をお掛けしました。僕は明日から学校へ参ります」と言って、食事も家族と取るようになった。
この急激な
三ヶ月振りに登校してきた山田くんにクラスメイトたちは驚いた。何よりも驚いたのは担任だろう。すっかり山田くんのことを忘れてしまっていたのだから……。
不登校前の山田くんはクラスでは影の薄い存在だった。ひ弱で気が小さくて、格好の虐めの標的にされていたのだ。
しかし、山田くんは何もなかったように平然とクラスに溶け込んでいる。遅れていた勉強を取り戻すかのように真剣に授業を受けていた。
以前に比べてハキハキして、終始笑顔である。成績もどんどん上がっていつの間にかクラスのトップになっていた。山田くんの元には、クラスメイトたちが集まり人気者になった。
――だが、そんな山田くんを快く思わないクラスのDQN武道派がチョッカイを掛けてきた。
「山田のくせに生意気だぞぉ―――!!」
DQN武道派のボス、ジャイアンこと
危機一髪! 山田くんは猛の腕をガシッと掴むと後ろ手にねじ上げた「イテテッ!」その後、腹に二、三発パンチを入れ、最後に膝蹴りで猛をノックアウトした。
気が付けば、猛は
ひ弱そうだった山田くんがこんな凄い武道派になっていたとは……この日、以来、誰も山田くんに歯向かう者はいなくなった。
そしてイジメた相手にも終始笑顔で接し、いつの間にか凶暴だった猛までが家来になっていた。きっと山田くんのキラキラのオーラで洗脳されてしまったのかもしれない。そしてDQN武道派たちは山田くんを「
「アイツ、超ムカつく!!」
顔もスタイルもモデル並みに美しい毬亜だが、ボーダーライン(境界性人格障害)だと言われている。そんな彼女は、常にイライラして、精神状態が不安定で攻撃的だった。我がまま、自惚れが強く、嘘つき、金使いが荒く、ヒステリー、付き合ったら最悪の女だった。
最近、自分以外で注目されている奴がいると聴いてご立腹だ。「アタシより注目を浴びてるなんて許さないわ!」彼女の武器はその美貌「男なんてチョロイもんよ」と自信たっぷり。
自分に
超美人の毬亜にイチャイチャされても山田くんは平然としている。山田くんは男女の分け隔てなく、みんなに平等だった――。
コミュ障だった
ボーダーだった毬亜も最近では情緒が落ち着いてヒステリーを起こさなくなってきた。心に病を持つ者たちが山田くんの側で
山田くんの周りには常に人の輪が出来ていた。
そんな山田くんの元に、ヒッキーの子どもを持つ親が相談にやってきた。
「うちの子どもはもう三年も引きこもって部屋から出てこないのです。あなたが引きこもりから更生した方法をどうか教えてやってください」
ヒッキーの親は縋る思いで山田くんに懇願した。
「分かりました。僕が何とかしましょう」
終始笑顔の山田くんが快く引受けた。
その家に赴き、山田くんがドア越しに二、三言話し掛けただけで……嘘みたいにヒッキーが部屋から出てきた。そして山田くんの人の輪に入ると、根暗だったヒッキーたちが少しずつポジティブ思考に変わっていくのだ。――まるで神さまだ、みんなが口を揃えて言うようになった。
ついに、テレビで『現代の救世主か!? 山田くん』という特集番組が放送された。
インタビューで山田くんは「部屋にこもっていたら、光り輝く不思議な球体が現れて、僕に《迷える子どもたちの魂を救うのです》と言われた。その球体は僕の身体の中に入って合体した」と答えていた。
不思議な経験を語った山田くんだったが、その光り輝く球体とはいったい何だったのしょうか……?
ドンドンドン!
いきなりドアを乱暴に叩く音がして、僕は現実に引き戻された。小説のアイデアを構想中だったのに……。
部屋の前から足音が去るまで、僕はじっと待っている。
しばらく経って、ドアを開けたらお盆にのせた食事が置いてあった。いつものようにメモが付いている。
《お願い! 部屋から出てきて。話し合いましょう。 ママより》
フンと鼻で嗤って、メモをグシャッと握り潰す。
この部屋の中が僕の世界なんだ! 絶対に外へなんか出ていかないさっ!
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