第57話 浅草の寅

 てやんでぃ! おいらは三代続いた浅草あさくさ生まれの野良猫だぜぃ!

浅草あさくさとら』と言えば、この辺りでは知らない者はいねぇー。爺さんの代から、浅草寺から花やしきにかけてはおいらの縄張りだ。

 今日も子分をひき連れて、シマの見回りに出掛けるぜぃ!

 おや? 雷門かみなりもんの下に見慣れない猫がいるぞ。


「やいやい! てめぇ、どこのシマのもんだぁ~?」

 子分A、クロがいきなり脅しをかけた。

「あっ! ゴメンなさい。私、迷子なの」

 見れば、真っ白なロン毛で青い目のきれいな女の子だった。

「よぉ! ねぇーちゃん、どこから来たんだ?」

 子分B、マダラがにゃん相の悪い顔で訊いた。

「わ、わたし……カルフォルニアから来ました」

『かるふぉるにあ~?』

 おいらたちは聞き慣れない言葉に頓狂とんきょうな声を上げた。

「なんでまた、そんな異国の猫が浅草をウロウロしてるんだぁ?」

「私、キャロルって言います。飼い主と一緒に日本に来たの。東京のブリーダーの家にホームスティするために……」

「イヤで逃げてきたのか?」

「違います。車の中で飼い主の膝の上にいたけど……退屈して、ドアが開いた時に飛び出しちゃったんです。すぐ戻るつもりだったのに、犬に吠えられてビックリして駆けだしたら、帰る場所が分からなくなってしまったの」

 そう言って女の子はシクシク泣きだした。

 おいらは江戸っ子でぃ! 困ってる子を見たら放っては置けない性分だ。

「泣くなっ! おいらたちがお前の飼い主探してやるさ」

「ありがとう!」


「まずは目撃情報ってもんが大事なんだ!」

 子分C、三毛猫の三太が言う。

 こいつは学習塾に飼われている半野良はんのらで『浅草の寅』一家では一番頭がイイのだ。

「どうすればいいんだ」

「彼女は真っ白できれいだから、浅草界隈を歩くと当前目立つ。それで探してる飼い主にキャロルを見たという情報が届きやすい」

「じゃあ、キャロルを連れて歩き回ればいいんだな?」

「そう、キャロルと一緒に浅草を一周してくればいいよ」

 そして『浅草の寅』一家の猫たちは、わざと目立つように浅草寺せんそうじの境内や花やしきを練り歩く、キャロルも初めて見る浅草の風景に興奮気味だった。

「腹、空いてないか?」

「ええ……空いてる」

 恥かしそうにキャロルが答える。

「よっしゃ! おいらが取って置きの穴場に連れて行ってやるぜぃ」


 キャロルを連れて、商店街の外れにある「もんじゃ焼き」の店に行った。

 入口の前でニャーニャー鳴いていると、おばあさんが出てきて削り節のかかったご飯をくれた。

「おやまあ、寅ちゃん。ずいぶんとシャンな子を連れてるじゃないか」

 おばあさんはキャロルのご飯も用意してくれた。――なのにキャロルはぐだけで食べようとしない。

「どした?」

「これなぁに?」

といって日本古来の猫のご飯だぜぃ」

「この白い粒はなぁに?」

「米といって日本人の主食だ」

 おそるおそる……キャロルは猫まんまを食べた。

「Oh! Delicious」

 ひと口食べて気に入ったみたいだ。


 歩き疲れて陽が暮れて、夜風が冷たくなってきた。

「ねぐらは空き地に捨ててあるトロ箱の中にするか」

「トロ箱?」

「魚が入ってた箱だけど温かいんだ」

「カルフォルニアは一年中暖かいのよ」

「日本には四季ってもんがあって、冬は冷たい雪が降って野良猫には厳しい季節なんだぜぇ~」

 発泡スチロールの箱に入るとキャロルは眠そうにアクビをした。

「今夜はここで寝るんだ。いいな、じゃあ」

 おいらが行こうとすると……。

「待って! 独りにしないで。心細いわ」

 潤んだ青い瞳でキャロルが見つめるから、おいらのハートがキュンと鳴った。

「おねがい……」

 飼い猫のキャロルと野良猫のおいらとでは住む世界が違う。

「仕方ないなぁ、のみが移っても知らないぜぇー」

 

 ――そして朝になった。おいらはキャロルのふさふさの毛に包まれて眠った。

「リッチなモーニングを食べに行こう」

 隅田川すみだがわ沿いにある寿司屋へ直行。ゴミ箱の中には魚のアラや握り鮨も混じっている。

「ここはネタは新鮮で旨いぜぇ!」

「キャッ! 辛い」

「猫にわさびは無理! あはは」

 仲よくゴミ箱をあさっていると、

『やい、寅! この餌場えさばはうちのシマだぜぇー』

 隣のシマの親分『両国りょうごくたま』が子分を引き連れてやってきた。

「てやんでぃ! ここは三代前から『浅草の寅』一家のものだ!」

「ガタガタぬかすんじゃねぇ!」

 猫の縄張り争いは熾烈しれつなのだ。

「おいらのシマから出て行け!」

 玉に強烈な猫パンチをお見舞いした。

 おいらの鳴き声を聴きつけて子分たちが集まってくる。ついに『浅草の寅』一家 vs 『両国の玉』一家の大乱闘になった。

 騒がしい猫の喧嘩に近所の住民たちが出てきた。寿司屋のオヤジがホースで水をかけやがった! 水が苦手な猫は戦意喪失せんいそうしつしちまった。

 たくさんの野次馬が集まっていたが、その中にキャロルと同じ青い目の女の子がいた。

「Carol!」

 その声に、一目散に飛んでいった。

 女の子に腕に抱かれてキャロルは嬉しそうだった。そのまま車に乗せられて、発車の間際、おいらに向かってキャロルが何か叫んでいた。が……、その声は聴こえなかった――あっけない別れだった。

 遠ざかる車をいつまでも見送っていた――。


 てやんでぃ! おいらは『浅草あさくさとら』だぜぃ。泣いてなんかいねぇーぞ!

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