第56話 双子座

 早朝に玄関のチャイムが鳴った。眠い目をこすりながら、インターフォンのカメラを覗くと、まるで鏡に映った自分が立っているようだった。

「……どなたですか?」

「すっとぼけてないで! あたし那美なみよ」

「どうして、ここが分かったの?」

「あたしたち双子ふたごだもん。離れていてもテレパシーで分かるって」

「突然どうしたの?」

亜美あみ、早くドア開けてよ!」

「ちょっと待ってて……」

「もうぉー、さっさと開けろ!」

 苛立いらだって靴でドアを蹴ってきた。

 

 私と那美は一卵性双生児いちらんせいそうせいじである。十歳の時に両親が離婚したため、姉の那美なみは母の元へ、妹の亜美あみは父が引き取り、双子は別々の場所で成長した。

 そもそも母の浪費癖と浮気が原因での家庭崩壊だった。

 母の作った借金を肩代わりして、父は私を連れて海外転勤することになった。十五歳の時に高校受験するため日本に帰国した。ずっと音信不通だった母と那美を捜して訪ねると、二人は古い安アパートに住んでいた。離婚してから母は浮気相手と再婚しようだが、すぐに別れたらしい。その後、いろんな男性と付き合い、仕事は水商売風だった。

 そして双子姉妹の那美なみはド派手な化粧の不良少女だった。

 その場でカツアゲされ財布を奪われた。母にはしつこく父の居場所を訊かれた。こんな荒んだ二人の姿を見て、私は悲しくて泣きながら帰った。

 ――それが八年前のことだった。


「へぇ~、一人暮らしなん?」

 2LDの部屋の中をぐるぐる見回してから那美がいう。

「お父さんが亡くなったし、マンションの方が安全だと思うから」

「自宅の方は売ったの」

「ええ、買いたいって人がいたから……」

「ふぅ~ん。生命保険も貰ったんでしょ? 亜美あみは金回りがいいのね」

 私の財産を値踏みするように探りを入れてきた。

「あんなバカなオカンにしないでお父さんを選べば良かった」

 離婚後、どっちの親を選ぶか決める時に「お母さんがいい」と泣いて訴えたくせに身勝手な人、双子だけど私たちの性格は真逆だ。那美は派手好き自己中な母とそっくり、私は生真面目な父の性格を受け継いだ。

「ところで用はなぁに?」

「オカンと喧嘩して家を飛び出したから、しばらくここに置いてくんない?」

「えぇー!?」

「お願い、お願いだってば~」

 両手を合わせおがむ那美に、一週間くらいならと渋々承諾した。


 十三年振りに双子はひとつ屋根の下で暮らすことになった。

 ズボラな那美は一日中ソファーの上でテレビを観てるか携帯をいじっている。私がいない時は出前を注文するので、ソファーの周りにピザの空箱や缶ビールが散乱している。しかも出前のお金は私の財布からくすねているようだった。

 携帯から、じゃんじゃんネットで買い物して代金引換で私に支払いをさせる。注意すると、「亜美には遺産があるからいいじゃん」当然のような顔でいう。

 ――母も那美も本当に酷い母娘だ。

 離婚している父の所に何度もお金の無心に来る。癌で入院中の病室で「私にも遺産を頂戴」と生きている父の前で母はそう言った。だけは絶対に許せない!

 ――このまま好き放題にはさせない。


 その日、外出から帰るとテーブルの上にピザや出前の中華料理が並んでいた。新しい居場所が見つかり明日出て行くから、パーティをやろうと那美が言った。

 お酒の飲めない私にジュースを注いでくれた、那美は日本酒に氷を入れてロックで飲んでいる。「双子の再会と別れを祝して乾杯!」勢いよくグラスをぶつけたので、私のジュースをこぼしてしまった。

「何やってんの、このドジ!」

 ムッとした顔で那美が怒鳴った。

「ごめん、布巾ふきんこおりも取って来るわ」

 冷蔵庫から氷を持ってきて那美のグラスに入れてかき回した。

「……ところでお母さんは元気にしてる?」

 私の質問に那美はお酒を一気にあおり、私のグラスにジュースを注ぐ。

「喧嘩してから会ってない」

 お酒と氷を入れてかき回す。それを飲み干すと那美はあくびをした。

「亜美、ジュース飲まないの?」

「飲まない。だってヤバイ感じがする」

 その言葉に那美がギョッとした。

「睡眠薬で眠らせて私を殺してから、亜美あみり代わろうって魂胆こんたんでしょう」

 図星だったみたい、那美は目をシロクロさせて言った。

「だ、だって、オカンが部屋で血塗れで死んでたの。あたしが殺したんじゃない」

「知ってる。殺したのは私だもの」

「えっ……」

 驚いてポカンと口を開けている。

「父の遺産を寄こせとうるさく言ってくるので、那美に変装して母をナイフで刺した。血痕の付いた服を着て走り去るのを近所の住人に見られてる。母の財布にここの住所メモを入れたのは、この私よ」

「……あたしがめられた?」

「そうよ。那美には母親殺しの犯人になって貰うわ」

「頭がくらくらする……眠い……」

「やっと効いてきた」

 睡眠薬を溶かして氷を作って置いて、それをお酒のグラスに入れた。氷はグラスの中で序々に溶けて、とうとう那美はテーブルにうっぷし眠ってしまった。

「私たち双子だから行動パターンが分かるのよ」

 変装した私は那美の免許証を使ってレンタカーを借り、岸壁から車をダイブさせようと次の行動へ移った。


『オカンごめんな』


 と書いた、那美の遺書も添えて置こう。



 双子座の姉妹。

 さよなら那美、永遠におやすみ――。

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