第50話 化け猫語り
のう、おまいさま。
そないに怖がらなくとも、とって食べたりはせぬぞ。
わしは長い間、この
そもそもわしが何者かって?
見てのとおり。猫じゃよ。
化け猫じゃと……それはずいぶんな申しようじゃな。
身の丈は六尺(182センチ)ほど、かれこれ三百年は生きておるかのう。
死ねない我が身が
なぜ呪いをかけられたのかと?
よい質問じゃ、今からそれを聴いて貰うとしよう――。
三百年前、わしは人間の娘じゃった。
えっ? わしというから男じゃと思ったと?
おまいさまは無知じゃな。知らんのか?
「わし」というのは、江戸時代ぐらいまで女が親しい人に使う一人称として使われておったのじゃ。
昔は女でも「わし」とか「われ」とかゆうておったわ。
いいか、それでじゃ。
その頃、わしは小さな村で暮らしておったが、干ばつで田畑が枯れてしまうと、
……ふむ。
察しのとおりわしは
十六になったばかりで、まだまだ死にとうない。
おめかしもしたいし、恋もしたいし、死ぬのは怖い!
逃げた! わしは逃げた! 必死で村から逃げたんじゃ!
じゃがのう、捕まった。
村人に追いかけられて、とうとう捕まってしもうたわ。
わしは罰として、この祠に生き神として封印されてしまったというわけじゃ。
しかも猫の姿でな、不死の呪いをかけられて……。
死なずに済んだから、それで良かっただろう……って。
馬鹿者! 誰が好きこのんで三百年も長く生きたいものか?
しかも、こんな化け猫の姿のままじゃぞ。
わしの姿を見たら、怖がって誰もそばに寄ってもこない……わしは寂しゅうて……寂しゅうて……死にそうじゃが、だが死ねぬっ!
のう、おまいさま。わしを殺してはくれまいか?
なに? そんな怖ろしいことはできぬと……?
なんと意気地なしの男じゃのう。
そもそも、おまいさまは何しにこんな深山ふかく入ってきたんじゃ?
今度はそっちの身の上話をゆうてみい。
……なになに? 恋人に逃げられて、女の借金を肩代わりさせられ、会社をクビになり、サラ金に追われて……人生に絶望したので、死に場所を探して山に入ったが、死ねないで彷徨ってるうちに、迷子になって帰れなくなったじゃと……。
おぬしは阿呆か?
いっそ死んでしまえっ!
死に場所を探しておったなら、このわしと心中でもするか?
えっ? 今は死ぬ気がなくなったと……なんと情けない奴じゃのう。
だったら、この祠に貼られたお札を剥がしてくれまいか。
わしを封印しているお札じゃ、ほれ、そこの入口に貼っておろうが。
あれを剥がして破っておくれ。
……
ないない。ほれ早くお札を剥がすのじゃ。
おまいさまに帰り道を教えてやるから、はよ剥がせっ!
……そうじゃ、素直にわしのいうこと聞いたほうが身のため。
よしよし、お札を剥がしてくれたんじゃな。
や――っと自由になれたわ! おまいさまには感謝しておるぞ。
ああ、腹が減ったぁ~三百年振りの飯じゃ、おまいさまを喰ってやろうか。
待てっ! 逃げるなっ、騙されたじゃと?
たわけがっ! 昔、わしは里で人を化かしたり、作物を荒らしたり、散々悪さをした化け猫なのじゃ。
それで捕まって僧侶に祠に封印されておったのじゃー。
龍神の生贄がこんな山の中に封印されているのは
そんな風だから、女に騙されるんだ。この愚か者め!
……ん? なにを泣いておる。
おまいさまは死にたくないのか? わしは
一応、おまいさまには恩もあるし――。
じゃあ、わしを人間の里に連れて行ってはくれまいか?
なにをする気じゃと?
そうじゃなあー、わしは
えっ? 人間の里には危険なものがいっぱいじゃと?
自動車は生き物を轢き殺す。食べ物にばい菌が入ってる。空気には放射能という猛毒が含まれてると……な。
いきなり爆発が起きてたくさんの人が殺される。
テロ? なんじゃそりゃあ?
わしが三百年封印されている間に、人間の里は怖ろしい処になっておるようじゃ……。
猫は一匹残らず、猫カフェという
うわ~っ! 嫌じゃ嫌じゃ!
そんな怖ろしい処にはいきたくない。
この道を真っ直ぐいって、沢が出たら、川に沿って歩けば人里にいけるはずじゃ。
おまえさまは人間の里へ帰れっ!
もう二度と来んな!!
そういうと化け猫は祠の奥で丸くなり動かなくなった。
男は教えられた道を歩いて無事に生還した。
――三百年封印されていた化け猫を騙すのはたやすいことだった。
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