第47話 家族になる日

 動物園なんか大嫌い!

 屋外だから夏は暑いし、冬は寒い。草食動物は臭いし、肉食動物は寝てばかり。野生をなくした動物の空虚くうきょな目と、動物園で生まれた動物のびを売る目――。

 何が面白くて動物園なんかに行くんだろう。


 七歳の時に両親が離婚した。

 家族で最後に行ったのが動物園だった。今でも覚えてる、父はひと言も口を利かないし、母はトイレでこっそり泣いていた。そんな重苦しい空気の中、あたしだけが動物見てはしゃいでいた。

 その日を境に、父は家に帰って来なくなった――。

 そして母の実家で暮らすことになり、あたしの学用品に書いた名前が“ 星野 ほしの はるか ”から、“ 田中 たなか はるか ”に変わった。新しい学校では、田中 たなか はるかちゃんって、みんなに呼ばれるけど、違う! 違うの!

 それ、あたしじゃないといつも心の中で叫んでいた。

 そんな時、祖母から両親が離婚した原因を聞かされた。父が浮気して、相手の女性が妊娠したので、私と母を捨ててそっちへいっちゃった……と。

 父のことが大好きで、いつか戻ってきてくれると信じてたから、もの凄くショックだった。あたしは父とその女と赤ん坊まで……すっごく恨んだ。


 今日、動物園で父と十年振りの再会だ。

 あたしは会いたくないと言ったのに、母に無理やりに連れて来られた。離婚の原因を知ってから、父が会いに来てもずっと拒否していたあたし――。養育費もくれてたし、運動会もそっと見に来ていたらしいけど、絶対に許さないからっ!

 最近、父の再婚相手が病気で亡くなったと聞いた。あたしは内心、天罰だと思って気の毒だとは思わなかったが、小学生の弟が一人残されたと知って、ちょっと複雑な心境になった。

 その見たこともない、異母兄弟いぼきょうだいに今日会うことになる。


はるか、久しぶりだな……」

 そういうと父は絶句して目頭を押さえた。あたしは知らんぷりして遠くを見てた。そんな二人を母がハラハラしながら見ている。

 父の後ろに小さな男の子が隠れてた。

 これが私の弟? 色が白くて女の子みたいな可愛い顔をしてる。

「ほら、お姉さんに挨拶しないか」

「初めまして。僕、涼太りょうたです」

 恥かしそうに、あたしの方を見てる。

 可愛いらしい男の子だけど……あたしたちから、父を奪った憎い女が生んだ子なんか弟とは認めない。怖い顔で睨みつけたら、涼太は泣きそうな顔になった。

「遥! 涼くんが挨拶してるのに、あんたも挨拶しなさい」

 母が怒って私の背中を叩いた。

 なによ、涼くんとか……あたしの知らない所で三人で会ってたわけ? あんな仕打ちを受けたのに、どうして父やその子どもを簡単に許せるの? お母さんのバカ! お人好ひとよし!

「あたし、帰る!」

 小走りで動物園の出口へ向っていたら、後ろから誰かが追いかけてきた。

「なによっ! 戻らないわよ」

「お姉ちゃん……」

 涼太が、あたしのセーターの裾を掴んでいた。

「あたし、アンタのお姉ちゃんじゃないから……」

「うん。分かってる……僕らがひどいことしたから怒ってるんだ」

 なによ? この子、小さいのに大人の事情を聞かされてたの?

「あのね、象の赤ちゃんがいるんだ。すぐそこの檻だから一緒に見に行かない?」

 象の赤ちゃん? そういえば、そんなニュースを聞いたような……。

「ねぇ、行こうよ、行こうよ」

 

 小さいくせに涼太は強引だ、引っ張られるまま象の檻の前にきてしまった。親子の象は寄り添って昼寝をしていた。小象の名前募集のポスターが貼ってある。


『アフリカゾウのマサコが赤ちゃん(雄)を生みました。只今、子象の名前募集中!』


「僕、赤ちゃんの名前考えたんだ。マサコの子だからマサヤ!」

「マサヤ? う~ん、なんか象らしくないよ」

「そうかなあー、じゃあポットは?」

「なんで?」

「象印だから」

 ぷぷぷっ、この子、案外ユーモアがあるわ。

「そうね、翔太しょうたってどう? カッコよくない」

「ショウタ……か、僕と一文字違いだね。それにしよう!」

 涼太がまだ習っていない漢字なので、あたしが書いて募集箱に投函した。

「おーい、小象、お前はショウタだよ」

 大声で涼太が呼びかけると、小像がもそもそ動き出したが、母像は長い鼻で小象を自分の側に引き寄せた。やっぱり親子って温かいなぁ~。

「ママ……」

 突然、涼太の瞳から大粒の涙がぽろりと零れた。

 死んだ母親を思い出したのだろうか。肩を震わせ泣くのを我慢している。この子はまだ母親を亡くして日が浅いのだから仕方ない。

「僕、お姉ちゃんがいるって聞いて嬉しかった。会えるの楽しみだった」

「そうなの」

「僕のこと嫌い?」

「えっ?」

「ママは死ぬまで……ずっと、ずーっと、おばさんとお姉ちゃんに謝ってたんだ。僕が謝るから……どうか天国のママを許して下さい」

 そんなの涼太が謝らなくても……。

「僕が生まれたせいで、ごめんなさい」

 大きな瞳に涙を溜めて、何度々も「ごめんなさい、ごめんなさい」という。

「ママは身体が弱くて……それでも僕を生んでくれたんだ。そのせいで病気が悪くなって死んじゃった……僕なんか生まれなければ良かった」

 こんなに小さいのに……いろんな罪悪感を背負って生きてきたんだ。

「生まれたらダメな命なんてない。涼太は生まれてきてもいいの!」

 小さな弟の手をギュッと握ったら、泣き顔が笑った。

 ああ、弟って可愛いなあーと思った瞬間、あたしの中の憎しみが消えて、全てを許せると思った。


「涼太! 今日からアタシがお姉ちゃんだよ」


 姉弟きょうだいという、新たな“ 絆 ”が生まれた!

 本日、動物園の象の檻の前であたしたち家族になりました。

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