第48話 嘘泣き女

今から、みなさんに嘘泣き女の話をしましょう。


名前は篠田文奈しのだ あやな、職業は女優のたまご? いいえ、結婚詐欺師というのが本業でしょうか。

美しい容貌(美容整形)とスタイル、巧みな話術で男性の心を掴み、結婚を餌に大金を貢がせるのが彼女のビジネスでした。

文奈は男たちに貢がせたお金で高層マンションに住み、外車を乗り回し、高級ブランド品で身を飾り、ギャンブルや海外旅行で散財しているのです。


なぜ、男たちはこうもやすやすと騙されたのでしょうか?


実は彼女には最大の武器があったのです。

それは古今東西昔『女の武器』だと言われているアレ……。

瞳から零れた透明の雫は、どんな言葉よりも男の心を鷲掴わしづかみにします。

――そう、優しい男なら『女の涙』には逆らえないものです。

売れない女優だった頃、文奈は演技の勉強として泣くシーンを熱心に練習しました。

毎日々、鏡の前で猛特訓! 結果、どんな時でも自由自在に泣けるスキルを手に入れたのです。

それは涙の出ない空泣きではなく、タイムリーな場面で大粒の涙をハラハラと流して泣いてみせます。

「母が病気で入院費がいる」「父の会社が倒産しそう」「交通事故を起こして示談金が必要なの」

肩を震わせ泣きじゃくる女の姿に、誰だって、純粋な涙だと信用してしまいます。


ある純情な男が被害者になりました。

「父の借金で家族がやくざに追われている。父は臓器を売るために殺されたかも知れない。母もいかがわしいお店で働かされている。私も捕まったら風俗に売られてしまう。どうか、助けて! 五千万円ないと私は死んでしまいます」

そういって、男の前で涙を流して、さめざめと泣くのです。

文奈の涙を信じた、この男は《彼女を助けたい!》という想いから、必死で金の工面をしました。

車を売り、家を売り、貯金通帳も全部渡すと、足りない分は生命保険の受取人を文奈にして、最後には事故に見せかけて自殺したのです。


文奈の嘘泣きを信じて騙された憐れな男でした――。


男の保険金を受け取った文奈は、その金を持って渡米します。

たった二日で、ラスベガスのカジノで有金全部負けてしまい、スッテンテンになってしまったのです。

……けれど、彼女は懲りていません。

「アタシには『女の涙』という武器があるのよ。これを使って、また男たちから大金を巻き上げてやるわ!」

自信満々の彼女は、不敵の笑みを浮かべるのでした。


この日も文奈は餌食えじきとなる男の前で、いつもの嘘泣きを始めた。

お金の無心をする時には、必ず涙を見せて男を信用させるのが、文奈の騙しのテクニックなのです。

「お願い! 助けると思って、三千万円、用意して……」

そこで、ポロポロ涙を零す筈だったのに……なぜか、文奈は笑い出してしまった。


「イィ―――イッヒッヒッ―――ッ」


それも魔女みたいな濁声だみごえで、人をバカにしたような不愉快な笑い方でした。

嘲笑ちょうしょうされたと相手の男は腹を立てて、平手でビンタをされましたが、文奈の高笑いは止まりません。

その態度に、自分が騙されていたことに気づいて警察に訴えた。


ついに文奈は結婚詐欺で刑事告発されました。

警察の取り調べ室でも、文奈の嘲笑は止まらず、泣こうとすれば、涙の替わりに笑い出して、本当に悲しくて辛い時ほど、彼女は腹を抱えて笑ってしまうのです。

このふざけた態度には、刑事たちもイラついて、いっそう厳しい取り調べになったという。

被害者たちも次々と出てきて、文奈の有罪は確定しそうだった。

おまけに裁判中にも何度も笑い転げて閉廷となり、裁判長や陪審員たちの心証を著しく害してしまったようです。


悲しくなると笑ってしまう、この現象は演技でも何でもなく、文奈自身止めることができないのです。

なぜ、こんなことに……もしや、文奈の嘘泣きに騙されて、自ら命を絶った男の呪いかも知れない。


「イィ―――イッヒッヒッ―――ッ」


留置場の独房から、文奈の不気味な笑い声が轟く。

看守が厳しく注意しても、笑いの発作は止まらないのだ――。


嘘の『女の涙』で男を騙してきた結婚詐欺師へ、神の天罰が下ったのでしょうか。

みなさんはどう思います?



えっ、そういうお前こそ誰かって? 知りたいですか。

 

――申し遅れましたが、私は通りすがりの『笑いの神様』です。

嘘泣き女に天罰を下したのは、この私なんだ。


「イィ―――イッヒッヒッ―――ッ」

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