第41話 黄色いガーベラ


 登場人物

 M:man 

 W:woman 


ずっと、ずっと君だけを見ているから――。


M: 

「ねぇ、僕の話をちゃんと聞いてるの?」

 そう問いかけると、君は曖昧あいまいに頷いて、僕の肩越かたごしに窓の外の風景を見ていた。

「そういう迂闊うかつなところを注意しているんだ。もうすぐ結婚するのに、もしも君に何かあったらと思うだけで……僕は心配で気が狂いそうになる」

 玄関チャイムを押したら、僕だと確認しないでドアチェーンも掛けずに扉を開けたのだ。――もし、強姦魔だったらどうするんだ!

 そのことで注意したら、叱られた仔犬のようにショゲて、僕と目を合わせようともしない。

 もういいか、小言はこれくらいにして……紙袋から君へのプレゼントを取り出した。

 花の好きな君のために、トルコキキョウの花束にしたよ。

 まるで蝶々のように瞳をしばたいて、嬉しそうに花束を受け取った。その可愛い笑顔が僕の心を奪ったんだよ。


W: 

 婚約者は嫉妬男! 

 どうしようもない嫉妬男だと、気づいたのは婚約してからだった。

 彼は私の周りの全ての物に嫉妬している。

 たとえば――素肌が見える服は着るなとうるさい。宅配ピザの店員に愛想を振りまいたと嫌味をいう。男性美容師がヘアーメイクする店には行くなと怒る。新人社員の歓迎会、男の社員も来るなら行ってはいけないと断固反対する。新しい香水に変えただけで、なぜ変えたのかとしつこく理由を訊きたがる。

 もう、うんざり! 彼は私を自分の牢獄へ閉じ込めたいのかしら?


 こんな人と結婚したら、一生、彼の囚人しゅうじんにされてしまう!


M: 

 今日は待ち合わせのオープンカフェに、少し早めにきて君を待っている。

 ここにくる前に花屋に寄って、黄色いガーベラがきれいだったのでカスミソウと一緒にアレンジして貰った。きっと、喜ぶだろう、君の趣味はよく分かっているからね。

 ところで気になることがある。僕の婚約者が昨夜、男と二人で食事をしていたという情報だ。どういうことか、訊きただそう。

 あっ! 通りからこっちへ向って歩いてくる君の姿が見えた。

 今日はサクラ色のワンピースだね。まるでミューズのようだ。神々しいほどに美しい、僕の最愛の人。

 こんなに可愛い君を、他の男にも見られているなんて……ああ、絶対に嫌だ! 嫉妬で気が狂いそうになる。


M&W:

「私が男と食事してたって?」

 驚いたような顔で君は聞き返した。

「しらばっくれてもムダだよ。見たって人がいるんだから……」

 君はダイヤの婚約指輪をいじりながら、僕の質問にすぐに答えようとしない。

「そいつは誰だ!」

 うんざりしたような顔で、君はゆっくりと喋りだす。

「……以前、話したでしょう? オーストラリアに私の弟が留学してるけど、今、日本に帰ってるから一緒に食事に行ったのよ」


「弟だって、男じゃないか!」

 

W: 

 弟まで嫉妬するなんて……頭がオカシイの? この男は異常だわ。

 決心するなら、たった今、ギリギリセーフで間に合うかも。


 絶対に婚約解消したい!


M:                  

「君は僕以外の男と外出したらダメだよ」

 本気で怒ってないから、そんなにうつむかなくていいよ。

 君の可愛い顔を見せておくれ。そうしたら、ご褒美の花束をあげよう。

「僕にいう通りにしていれば、君は世界一幸せな女性になれるさ」

 黄色いガーベラを受け取った、瞬間、僕の頬に硬いモノが飛んできた。チャリンと音がして、下を見たらダイヤの婚約指輪だった。

 慌てて拾って君に渡そうとしたら、いきなりガーベラの花束で僕の顔を叩いた。

 いったい何が起きたのか分からず、茫然とする僕に向って、君はヒステリックな罵声ばせいを浴びせた。いつも従順な君がこんなに激昂げっこうするなんて……。


 嫉妬男? いったい誰のことなんだ。

 婚約解消? おいおい、悪い冗談はやめろ!


W:

 嫉妬は心のやまいなのよ。

 よくやった自分。あんな男と別れて正解だったわ!



M:

 その後、弁護士を通じて正式に婚約解消を僕に申し入れてきた。

 理由は性格の不一致、結婚生活に対する不安、愛情が冷めた……。そんな理由で僕は君に捨てられてしまった。

 あの日、最後の花束は黄色いガーベラだった。

 それを僕に投げつけて、「さよなら」と言った君。訳も分からず立ち尽くす僕を残して……振り向きもしないで走り去った。

 何がそこまで、君を激怒させたのか分からない。

 僕は深く傷ついて、理由を聞くことすらできない。

 あの時のこと、僕は忘れないよ。僕の愛を踏みにじった君を許さない。

だから君を忘れる日まで、僕は君を憎み続ける。


 そう、君を憎んで、憎んで、憎んで……また、ずっと君が好きになっていくんだ――。



W:

 黄色いガーベラの花言葉が、『究極愛』だと知ったのは、嫉妬男と別れてからだ。


 今でも時々、物影ものかげから誰かに見張られてるような気がするのは、なぜ?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る