第39話 ドリーム戦国大戦

 全国から選りすぐりのゲーマーたちが召喚された。

 老舗のゲームメーカー任侠堂にんきょうどうが新しいゲームソフトを開発した。今までのゲームの概念をくつがえす画期的な商品で、ドリームリアリティゲームと銘打つ、そのゲームはコントローラーを使わず、頭で考えた通りにゲームキャラたちを動かすことができるというものだ。

 ヘッドオンのような機器を頭に被り、プレーヤーはレム睡眠状態になり、まるでゲームの世界に入り込んだようにキャラと一体化してプレイするのだ。  眠ったままドリームオンラインで全国のプレーヤーたちと繋がって、対戦ゲームも可能なのである。

 新製品のモニターとして、戦国武将が活躍するゲーム『ドリーム戦国大戦』にゲーマーたちが挑戦する。

 優勝者には、任侠堂から賞金百万円と『ゲーム将軍』の称号が与えられる。


               *


 最強ゲーマーの俺の元に、有名ゲームメーカーからのモニター依頼のメールが届いた。

 高校生から引き籠りになって早十数年、毎日々、朝から晩までずっとゲームをやり続けた、この俺だ――。

 学校に行かない理由をいじめられたからと家族に説明したが、本当は大好きなゲームを一日中やりたくて、学校に行くのが面倒になったまでだ。

 RPG、アクション、スポーツ、アドベンチャー、パズル、エロゲー、何でもござれの、この俺に攻略できないゲームなどない!

 任侠堂の車が迎えにきた、家から出るのは何ヶ月振りだろうか。


 ゲーム会場に全国から集まったゲーマー五人、二人は大学生、一人はフリーター、もう一人は主婦という三十代の女だった。

 任侠堂のスタッフから、新作ゲーム『ドリーム戦国大戦』の説明を受ける。

 まず、使えるゲームキャラは織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、武田信玄、後のひとりは好きな戦国武将を自由に選べる。どのキャラを選ぶかはクジで決められ、俺は自分で選ぶ武将になった。

 戦国武将のゲームと聞いて歴史を調べ秘策を練ってきたこの俺、スタッフに「あなたの戦国武将は誰にしますか?」と、訊かれたので即答した。

浅井長政あざい ながまさだ」

 その名前を聴いて、みんなが誰だという顔をした。

 確かに、浅井長政は織田軍との戦いに敗れて自害した不運の武将だから、歴史的に見てあまり有名ではない。

 歴史に詳しい開発スタッフは、ゲームキャラに俺の浅井長政を追加してくれた。

 そして五人のゲームプレーヤーは円陣を組むように、リクライニングチェアに横になって、ヘッドオン型の機器を頭に付け『ドリーム戦国大戦』に挑んだ。


「すげえ!」 

 まるで、戦国時代にタイムスリップしたようだ。

 これはゲームというよりも映画の画面に入り込んだみたい錯覚を起こす。風や気温も肌に感じるし、草の匂いさえ分かる、すごくリアルだった。

 その中で、俺は鎧兜よろいかぶとを身に付けた戦国武将になっていた。

 ゲームなので歴史を創り変えても良いとスタッフに言われている。よし! 俺の手で新しい戦国史を創ってやろう。

 対戦相手は信玄と家康が大学生の二人、フリーターが信長で、主婦が秀吉だった。どいつも俺のキャリアに比べて大したことはなさそうだ――。

 早速、作戦を実行した。まず、信玄には織田軍討伐の同盟を申し込んで油断させる。俺の持ちキャラから妻のおいちと娘の三姉妹を召喚した。

 ――戦国時代といっても男たちだけが歴史を創った訳ではない。


 お市は織田信長の妹で戦国一の美女と謳われた。

 そのお市を使って、兄信長に攻め込まないよう嘆願させた。長女の茶々ちゃちゃは豊臣秀吉の側室淀君そくしつよどぎみになった。跡継ぎ豊臣秀頼ひでよりを産み、その色香で秀吉を骨抜きにして言いなりにさせる。次女のおはつ京極高次きょうごく たかつぐに嫁いで、近江大津の元浅井家の領地を治めさせた。三女のおごうは徳川家康の嫡男秀忠ひでたたの妻になり、大奥などを支配し、徳川将軍への発言力を持った。

 どうだ! 長政の妻と娘たちは凄い女たちだろう。

 俺は戦国武将ではなく、戦国の女たちをこまに使って一気に都へ上り、天下統一の『ゲーム将軍』の称号を勝ち取ろうとした。

 だが、俺の野望の前に立ちはだかる女がいた! 

 豊臣秀吉の正室、寧々ねねである。天下人てんかびとまでもう一歩のところで……秀吉を使った主婦プレーヤーが、寧々を慕う戦国武将たち加藤清正かとう きよまさなどを使って、怒涛どとうの勢いで攻め込んできたのだ。

 なんと! 俺以外のプレーヤーは、いつの間にか、同盟を結んでいて、元々、戦闘力のない長政はあっという間に滅ぼされてしまった。

 いくさに負けると身分を落とされるというのが『ドリーム戦国大戦』のルールである。

 ついに大名から足軽あしがるに落とされてしまった。武器も持ず、防御力のない足軽の長政は超弱い。敵の武将に刀で斬られたり、弓矢で射抜かれたりすると、その度にリアルの恐怖と激痛が俺自身を襲うのだ。

 しかも、どういう訳……か、この『ドリーム戦国大戦』はゲームオーバーできない。

 敵の槍で串刺しにされた「うぎゃあ―――!!」痛みにのたうちまい、泣き叫ぶ!!

「も、もう嫌だ! 助けてくれ……」


               *


「脳波が乱れています。夢の中で恐怖を味わっているようです」

 リクライニングチェアで眠る男の様子を見ながら、開発スタッフの一人が呟いた。

「ドリーム戦国大戦の実験は大成功だ!」

 引き籠ってゲームをする若者が増加して社会問題になっている。

 そういった社会状況で、有名ゲームメーカーの任侠堂は『ドリーム戦国大戦』を開発した。

「対戦相手の四人のゲーマーはソフトが創りだした架空の人物、任侠堂の車に乗り込んだ時点でゲームは始まっていた。そこから彼は催眠ガスで眠っています」

「直接、脳へ恐怖のイメージを送りこんでいるわけか」

「はい。おそらく目を覚ましたら、彼は二度とゲームをやりたくなくなるでしょう。ゲームを始めようとすると、恐怖の体験がフラッシュバックしますから――」

 任侠堂『ドリーム戦国大戦』は、実はゲーム依存症を矯正するソフトだった。

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