第37話 恋よりカツサンド!

 4時間目終了のチャイムと共に教室から飛び出して、学校食堂へ続く渡り廊下を猛スピードで走っていた。

《早くいかないと売り切れる!》

 先生に廊下を走るなと注意されても今だけはきけない。――全力疾走するアタシです!

 今日は月に一度の食堂のおばさん『気まぐれカツサンド』の売り出し日なのだ。

 限定10食、お一人様1パック限り、値段は280円と激安、大人気ですぐに売り切れてしまう。

 販売日は不特定で食堂の掲示板に前日に告知されている。


 猛スピードで食堂に飛び込むと、カツサンドが1パックしか残っていない!

 その最後の一つにタッチした瞬間、もう一つの手があった。誰かが同時にカツサンドにタッチしたのだ。

「これはアタシのカツサンド!」

 すぐに所有権を主張する。

「待てよ! 俺と同着どうちゃくだっただろ?」

 男子がムッとした声で言い返した。

「いいえ! アタシの方が0.1秒早かったもん」 

「ストップウォッチで計ったのかよ」

 アタシたちが揉めていたら、食堂のおばちゃんが困った顔で、

「喧嘩しないで、これが最後カツサンドなのよ」

「おばさん、俺たちチャイムと同時に猛スピードで買いにきたのに、なんで1パックしか残ってないの?」

 男子が質問したら、

「3時間目から食堂で待っていた生徒がいたから」

 えっ―――!? それってズルイよ。

「フライングは反則だよ!」

 おばさんに文句を言った。

「ゴメンよ。そういう子にはもう売らないから、今日のところはジャンケンで決めておくれ」

 おばさんの提案で、最後のカツサンドを賭けて勝負した。


「ジャンケンポン!」

 相手はチョキで、アタシはパーだった。……負けた。アタシは絶句したまま固まった。

「大丈夫かぁー?」

 男子の声で我に返って、ションボリと立ち去ろうとしたら、

「待てよ! カツサンド半分やるから、そんなにへこむなって」

 アタシからカツサンドを奪った男に言われた。

「要りません!」

 負け惜しみの悔しさで走って出て行った。


 今まで気づかなかったけれど、アイツは同じ学年で陸上部のエースという評判だった。わりとイケメンなので女子にも人気があるらしい、アタシは興味がない――。


 今月は『気まぐれカツサンド』を買うことができた。

 大好物のカツサンドを持って、校庭の片隅でランチをする。

 アタシはクラスの女子たちと群れたりしない。イジメられてるとかそんなんじゃないけど、一人の方が気楽だし、ピクニック気分で楽しいから――。

 今日はアイツいなかった。カツサンド嫌いになったのかなぁー? 

 なんて余計なことを考えていたら、

「――こんな所にいたのか?」

 先月、アタシからカツサンドを奪った男がやってきた。手にカツサンドを持っている。

「一緒にカツサンド食べよう」

 そう言うとアタシの隣に腰を下ろした。

「なにか用?」

「俺さ、今までの人生で……てか、まだ17だけど……目の前であんなに落胆した人間を見たのは初めてだった……だから罪悪感をもっちゃって……」

「それって同情ですか?」

「――違うよ。上手く言えないけど放って置けない気がした」

「カツサンドに必死なヘンな奴と思ったでしょう?」

「いや~、凄い執念しゅねん燃やしてるなってさ。あははっ」

「カツサンドの恨みはカツサンドでしか晴らせません!」

 アタシが怒って、他所よそへ行こうとしたら、

「たかが、カツサンドのことでそんなに怒るなよ」

「たかが、カツサンドじゃないわ!」

「はぁー?」

「大事な思い出の味なの」

 たぶんアタシは怖い顔で睨みつけていた。

「な、なんだよ? 急にマジになって……」

「二年前、末期癌だったママが病院を抜け出して、受験生のアタシのために命懸いのちがけで最後のカツサンドを作ってくれた。アタシにとってカツサンドは、死んだママの愛の味なのよ」

 不覚ふかくにもアタシは涙を流していた。

「ゴメン……ツライこと思い出させて……泣かせちゃったなぁー」

 アイツはオロオロしていた。


 今日も校庭の隅っこでランチを食べていたら、背後に視線を感じ振り向いた。

「これ」

 アイツがタッパを突き出した。

「なぁに?」

「俺が作った」

 タッパを開けたら、カツサンドが入っていた。形は不揃い、カツは少し焦げて、見た目は最悪だった。

「食べてみろ」

 いくらカツサンド好きのアタシでも、これはチョット……と思いながら食べたら。

「美味しい!」

「そっか! 料理本見ながら初めて作った。キッチン汚して母親に怒られた」

 照れ臭そうに応えた、アイツの手に包帯が……。

「その手どうしたの?」

「油でヤケドした」

「そんなにまでして、なぜ?」

「カツサンドの恨みはカツサンドでしか晴らせません。――って言っただろう?」

「たしかに……」

「俺、おまえの直向ひたむきな走りっぷりに惚れた!」

 ヤダ! そんな風に言われたら照れ臭いよ。

「このカツサンドが好きになった!」

 カツサンドを前にしたら全力疾走のアタシです。


 この瞬間、アタシからカツサンドを奪った男と猛スピードの恋が始まった。

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