第35話 インタビュー IN ハチ公前

FMタウンラジオのリスナーの皆さん、こんばんは。

渋谷のタウン誌『ハチ公ライフ』の編集者兼レポーターの代々木よよぎです。

今日は渋谷駅周辺での待ち合わせ場所として有名なハチ公像前に来ています。

これから僕は、渋谷についてインタビューしようと思いますが。

さて、どなたにお願いしようかなぁー。

おっと! きれいな女性がベンチに座ってスマホをいじっています。

二十代半ばでしょうか? ファッションも決まっていて、ここ渋谷に相応ふさわしい美人ですね。

早速、突撃インタビューにいってきまーす!


「こんばんは! ここで待ち合わせですか?」

突然の僕の声に、スマホの手を止めて女性はこちらを見た。

「はぁ? そうですが……」

「いきなりスミマセン。僕は渋谷のタウン誌『ハチ公ライフ』やってる代々木と申します。実は渋谷について、皆さんにインタビューをしているんです」

女性は怪訝けげんな顔で僕を見ている。

何しろ渋谷はナンパやキャッチセールスが多いからね。

あやしまれないように、ポケットからさっと名刺を出して手渡す。

「失礼ですが、渋谷にお住まいの方ですか?」

「そうよ。代官山だいかんやま

「代官山ですか。タワーマンション代官山アドレス ザ・タワーは有名ですよね」

「……そうね」

インタビューに答えて貰うために必死で会話をつなぐ僕。

「あのう、渋谷でおすすめのお店とかご存知ありませんか?」

「おすすめですか? えっと、表参道おもてさんどうにあるスイーツのお店『シャノアール』のパンケーキと、恵比寿えびすのイタリアンレストラン『リストランテ・メッサ』が私のお気に入りなの」

「恵比寿はイタリアン激戦区げきせんくなので、どこも美味しいでしょう」

僕の言葉に女性は大きく頷いた。

よし! 話の糸口は掴めた。

「よく行かれる渋谷のファッションスポットとかありますか?」

「そうね。『フォーエバー21』とか、『ZARA 渋谷公園』あと、スペイン坂にあるブティックなんかウインドショッピングにいく」

「ファッション決まってますが、失礼ですが、お仕事なんですか?」

「私の……ですか。ネイリストです」

「おお、そうですか! きれいな爪ですね」

女性の爪には美しい模様が描かれている。

「原宿にあるネイルアートのお店で働いていましたが……」

いわく有り気に最後の言葉をにごした。

「えっ? ましたって、じゃあ今は?」

「お店は昨日で辞めた。私、これから郷里に帰るところなんです」

「へぇー、そうなんですか」

「結婚するんです。相手も同郷の人でそっちで暮らすことになったから……今日で渋谷ともお別れなの」

「これからどちらに……」

「大阪に。私は関西人なんです。高校卒業と同時に上京したの。東京のファッションに憧れて、大阪も都会だけど、やっぱり東京が一番だと思ってたから」

そして、女性は自分自身について語り始めた。

ハチ公前で婚約者と待ち合わせているが、まだ時間に余裕があるらしい。

「東京に住むんだったら、絶対に渋谷がいい! 家賃高いけどワンルームマンションに決めた。街ゆく人のファッションが都会的で素敵だと思ったわ。――けれども渋谷は都会過ぎて、どこに居ても疎外感そがいかんがあるの。私は東京人のフリをして「あの子は関西人よ」って、言われないように懸命だった。なんか大阪だと、お笑い芸人みたいに思われてカッコ悪いでしょう?」

「いえいえ、そんなことはないですよ」

「ううん。関西人って……ちょっと低く見られてるところがあると思うの」

そういって女性はしらけた笑みを浮かべた。

ふと、紙袋に目が止まった。

女性の膝に乗せた臙脂色えんじいろのカルチェの紙袋から何か覗いてる。

「あっ! それって?」

「ヤダッ! 見られちゃった」

それは、紛れもなくたこ焼き器だった。

「このたこ焼き器は七年前上京する時、大阪の友人たちがプレゼントしてくれたの。東京に行っても大阪を忘れるなって思いを込めてね。大阪では関東方面にいく人の餞別せんべつに、たこ焼き器を贈るんですよ」

「……マジで?」

大阪にそんな風習があるなんて知らなかった。メモしておこう!

「道玄坂のカクテルバーで彼氏と知り合ったんだけど、最初はクールの人から東京の人だと思ってた。付き合うようになって、うちのマンションで食事した時、このたこ焼き器をみられて「大阪出身?」て聞かれた。「そうよ」って答えたら「実は俺も大阪なんやー」って……いきなり関西弁でいうの。なんと同郷だったわけ、彼も東京では東京人のフリしてたのね。たこ焼きの話で盛り上がって、一気に二人の距離が縮まったみたい。うふふ」

関西人のたこ焼きへの拘りの深さに僕は驚いた。

「最後に渋谷の魅力について聞かせてください」

「う~ん。渋谷ねぇー、大好きだけど、いつまで経っても片思いのまんま、自分のものにならない男って感じかしら」

自嘲じちょうするように肩をすくめて笑う。

「あっ」

ふいに、こっちに向って歩いてくる男性に手を振った。

「彼氏が来たんで、これで……」

「どうも、ありがとう。お幸せに」

「渋谷で掴んだ恋だから、一生大事にします。おおきに!」

女性は小走こばしりで男性の方へ。

二人並んで僕に礼をすると、渋谷の雑踏ざっとうへと消えていった。


このカップルの幸せを祈りつつ、代々木の渋谷インタビュー終了しまーす!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る