第34話 タイムバンク
今夜はこれからデートだ! 時間はたっぷりある。
小腹がすいたのでカップ麺でも食べるとしよう。麺にお湯を注ぎ、きっちり3分間、柔らかすぎる麺は嫌いなので、いつも砂時計で時間を計る。さらさらと……砂が落ちて時を刻む。
よし。そろそろいいだろう。カップ麺のフタを開けようとした瞬間。
『タイムオーバー!』誰かの声がした。
一人暮らしの俺の部屋にいったい誰だ? 10畳もないワンルームを見渡すと、見知らぬ男が空間から出現した。
『君はそのカップ麺を永遠に食べられない』
白い
『時間がない!』それが俺の口癖だった。
小さな出版社に勤める俺は仕事に追われまくっていた。作家宅へ原稿を取りにいく、原稿チェック、印刷会社との交渉、書店担当者を接待、面倒な雑事で一日があっという間に過ぎてしまう。帰宅はいつも10時過ぎ寝て起きたら、また次の日の仕事だ。
まさに
作家宅で原稿の仕上がりを待っていたら、深夜の帰宅になった。
俺は疲れ果て、靴を脱いだまでは覚えているが……そのまま玄関で寝込んでしまったようだ。
『もしもし……風邪を引きますよ』
うっすらと目を開けると、白い防護服を着た男が覗きこんでいた。
「うわっ、だ、誰だ!?」
『あ、ワタクシ23世紀からやってきました』
「はぁ~?」
夢をみているのかと思った。
『タイムバンクの銀行マンです』
透明のプラッチックに記号が印刷されたものを渡された。
「これ携帯でみるの?」
『21世紀の幼稚な通信機器では無理かも……』
だったら最初から渡すな!
『さぞ、この格好にも驚かれたでしょうね。21世紀の日本は空気中に放射能やセシウムが含まれていて、かなり危険なんです。仕事とはいえ、こんな所にきたくないですよ』
そんなこと知るか、俺の部屋から早く出ていけ!
『23世紀ではタイムマシンが開発されて一般化しています。人々は余った時間を貯畜して、忙しい時に引き出して使っています。溜まった時間を管理運営しているのがタイムバンクです』
「タイムマシンなんて信じられない……」
『21世紀の日本には社畜と呼ばれる仕事人間や、ブラック企業という奴隷みたいに人をこき使う会社もあると聴いて、ワタクシ遥々営業にきました。時間がなくてお困りでしょう?』
「確かに時間に追われて寝る暇もない。このままだと過労死かも……」
『いつも時間に追われている、忙しい人に時間をお貸します。今ならキャンペーン中で一日5時間まで融資できます』
「えっ、5時間増えれば、一日が29時間になるってことか?」
『今なら
「で、担保って何?」
『あなたの寿命』
さらりと言ったアイツの言葉に背筋が寒くなる。
『利子はいただきます。このタイムウオッチはボタンを押すと、そこから5時間が逆戻りします』
「じゃあ、10時に仕事が終わって、ボタンを押せば夕方の5時に戻るのか?」
『はい。あなたの自由な時間を楽しめます』
「時間が欲しい!」
タイムウオッチを俺は受け取った。
一週間、毎日5時間タイムバンクに融資して貰ったら、仕事が終わった後、5時間の
以前から気があった会社の受付嬢をデートに誘ってみた。
今までは時間がなくて恋人も作れなかったが、時間があれば大丈夫。二人で映画を観て、食事して、ドライブして親密になった。
――時間さえあれば、人生は楽しいのだと初めて気づいた。
『本日で時間の融資は終了! どうですか、楽しめました?』
ついに時間切れ、自由な時間に慣れた俺は心底がっかりした。
『さてと、一日5時間と3分の利子を一週間で返済していただくことになります』
「なにっ! 一日が19時間もないのか、とても無理だ。仕事が終わらない」
『だったら、寿命から引くという方法もあります』
寿命が縮むのは嫌だ。これから彼女と人生を楽しみたいのに……。
あっ! この手があった。すっかり忘れていたが“伝家の宝刀”を抜く時がきた。
有給休暇!!
会社に電話して、過労で一週間静養するように医者に言い渡されたと嘘をついて、有給休暇を獲得した。
「一週間の有給休暇で返済するぞ」
『了解しました』
アイツは再び空間に消えていった。
俺の元には一日5時間と3分短くなるタイムウオッチが残され、カップ麺は消えていた。
仕事ばかりに時間を使うのは馬鹿らしい。週に3日は定時で上がれるように仕事のやり方を変えていこう。
俺の時間は人生を楽しむために使うのだ。
まずは恋愛成就から、恋のタイムオーバーだけは願い下げだ。
今日から有給休暇、時間はたっぷりある。もう一度カップ麺にお湯を注ぐ――。
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