第32話 もう一人の僕の世界

 皆さん、僕の話を聴いてください。

 僕は香取亮介かとり りょうすけという高三の男子ですが、この世界に違和感があるのです。


 今日、学校で不良の猿渡さわたり君に五千円を貰いました。「何のお金?」と訊いたら、グループで万引きした品物が売れたので、これは分け前だと言うのです。

 僕は万引きなんかやったことありません!

 そして僕のLINEには意味不明のメールが届きます。

『また一緒に遊ぼ♡』『アタシとミカと二股かけてんじゃねーよ クソ野郎!』とか、みんな知らない女の子たちで、LINEのグループをみたら、猿渡たち不良グループ以外は全員女の子ばかり。

 しかも僕の学生鞄の中はエロ本と煙草しか入っていません。

 こんなの僕じゃない! 

 僕は真面目な学生です。テストはいつも学年で五番内の成績でした。

 なのに……先日、数学のテストで92点取ったら……職員室に呼ばれて、いきなり教師に「おまえ、カンニングしただろう!?」と怒鳴られました。赤点しか取ったことがない奴がオカシイと言うのです。

 92点のテストは僕の実力でカンニングなんかやってない。と、何度、言っても信じて貰えません。

 結局、証拠がないので放免されましたが――。


 それだけではない、僕の家族も変なのです。

 以前の父はバリバリ仕事ができる男でした。一年の半分は海外出張で忙しく飛び回っています。家族にとって頼もしい父だった。……それなのに、今の父は窓際族でリストラ候補らしく、精彩がなく妻にも頭が上がりません。

 こんなショボイ奴が、僕の父親だなんて信じられない。

 けれど一番ショックだったのは母です。以前の母は笑顔を絶やさない穏やかな人でした。専業主婦できれい好き料理も上手い。ガーデニングが趣味で庭には花々が咲き乱れていたのです。

 それが今の母ときたら……家計が苦しいのでパートに出ているのですが、いつも疲れて不機嫌で家事も手抜きです。食卓には買った惣菜と冷食ばかり、家の中は散らかり放題、庭は雑草だらけになっている。

 その上、妹は不登校の引き籠りです。僕の知ってる妹は明るく活発でクラスの人気者だったのに――。

 ああ、何もかも変わってしまった僕の家族!


 そんなある日、僕が玄関から出たら隣のおばさんが野良猫に餌をやっていました。「こんにちは」挨拶すると怪訝けげんな顔で家に引っ込んでしまった。

 後から出てきた母が「どうしたの?」と訊くので、隣のおばさんに挨拶したら無視されたというと、「あんな女に挨拶するんじゃない! 野良猫に餌をやるから、猫が増えて家の庭にフンされて迷惑してんだ。クソッたれ!」口汚くちぎたなののしるのです。

 そんなバカな、うちの母と隣のおばさんは大の仲良しだったのに……。

 同じ時期に引っ越ししてきて、年も近いので気が合って家族ぐるみの付き合いだった。おばさんは子供がいないので猫をいっぱい飼ってたけど、僕ら兄妹も可愛がってくれた。

 なんか変だ! 以前と比べて性格や人間関係が異なる。


 いつから、そうなったかというと――あれは二週間前だった。

 妹の誕生日に家族で東京ディズニーランドへ行った。父に出張があるので帰りは夜行バスに乗ることになったが、バスの中は満席でなかなか寝つけなかった。座席をリクライニングして朝方ウトウトしていると、ドーンという音がしてバスが大きく揺れて、僕は座席から弾き飛ばされた。

 その後、気を失ったみたいで……人々のざわつく音で目を覚ましたら、いつも通学に使う路線バスに一人で乗っていたのです。

 一緒にいた筈の家族の姿がありません。家に帰ったら、みんな居ました。けれど、それは僕の知っている家族ではなかった!

 住んでる町も、通ってる学校も、家族も見た目は全く同じなのに中身が違っています。――ここはパラレルワールド、平行世界、異次元……か? 

 元いた世界の僕と、この世界の僕とが入れ替わってしまった!? 


 この世界の僕は不良で劣等生、家も貧乏だし、大学進学の話を親にしたら、「おまえの頭で大学なんて無理! 卒業したら働いて、家から出ていけ!」と言われた。

 このままだと僕は底辺の人生しか歩めない。

 そんなの嫌だ! 元いた世界に還りたい。どうしたら還れる? そうだ! もう一度、あの夜行バスに乗ったら戻れるかも知れない。


 そして僕は同じ時刻に、同じ車両の夜行バスに乗った。

 明け方、ドーンという轟音と共に僕は気を失い、気が付いたら家の前に立っていた。庭には母が丹精して育てた花々が咲いている。還ってきた! 間違いない、ここは元いた僕の世界だ。

「亮介ちゃん、大変よ!」

 隣のおばさんに声を掛けられた。

「警察の人がきて、家族が乗った夜行バスが事故に合ったんだって!」

 僕ではなく、まさか家族が事故に合ったのか?

 すると、おばさんの家から大型犬が飛び出してきて、僕に向ってけたたましく吠えた。

「どうして吠えるの? お隣の亮介ちゃんよ」

 そういって、大型犬を抑えてなだめていた。


 ……違う。


 ここは、元いた僕の世界じゃない。



 だって、隣のおばさんは子供の頃に犬に噛まれたことがあって、犬恐怖症なのだから――。

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