第31話 チェリー!

 チェリー! チェリー!

 君と出会えて、僕はとても幸せだった。


 最愛のチェリー、かけがいのない家族――それは君なんだ。


               *


 22世紀初頭、『オタクリスト』と呼ばれる男性たちは、二次元のアニメキャラクターを愛することから始まって、自分好みにカスタマイズしたアンドロイドと一緒に暮らすようになった。

 合弁会社セガニック(セガ+パナソニック+ヤマハ)などの複数の企業が共同開発した女性型アンドロイドは、完全注文生産でユーザーの意見で仕様変更することができる。

 500以上にのぼるデザインや性格、機能などの質問に答えて、世界でたった一体だけのマイ・アンドロイドを作り上げてくれる。

 まさに自分とピッタリ息の合う一生の伴侶はんりょともいえるアンドロイドなのだ。ゆえに、価格は非常に高く、一般庶民にはとても手の届かない超高級品だった。


               *


 僕は両親と妹を飛行機事故でうしなった。

 その代償として得たモノ、それは多額のお金だった。賠償金や保険金など、見たこともない額のお金が僕の元へ入ってきたが、その使い道さえ分からない。

 かけがえのない家族を喪った、その悲しみと寂しさを埋めるために、一体のアンドロイドを僕は購入した。――それがチェリーだった。

 初めて僕の家にやってきた日、君はドーム型の透明のケースの中で眠っていた。

 抜けるように白い肌、長い睫毛、桜色の頬、さくらんぼの唇、珊瑚色さんごいろの長い髪、スラリとした肢体、外見は全く人間と見分けがつかないアンドロイドだった。

 あまりの可愛らしさに僕の胸はドキドキしたよ。

『さあ、この子にキスしてください。そしてあなたが付けた名前を呼んでみて、それで目覚めます』

 その言葉にケースを開けて、君の柔らかな唇にキスをして「チェリー」と耳元で囁いたら、君はゆっくりと目を開けて僕を見た。――その瞳は真紅の薔薇色だった。

「はじめまして、私はチェリーです。どうぞよろしく」

「僕はソラだよ。君のパートナーだから一緒に暮らそう」

 チェリーは微笑んで「はい」と甘い人工音声で答えた。


 僕とチェリーの生活が始まった。

 いつも美味しい朝食を作って、僕を起こしにくるんだ。君は食べないのに付き合って一緒に食べる振りをしてくれる。後で仮の胃袋から嘔吐するのだろうか。

 僕が大学へ行っている間、チェリーは家の中をきれいにしてくれている。亡き母が育てていたバラの木の手入れもちゃんとやっている。掃除、洗濯、家事が全部片付いたら、待機電力にして僕が帰るまで部屋の片隅で静止している。

 僕が帰宅したら、二人の時間が始まる。一緒にゲームをしたり、会話を楽しんだ。夜には抱き合って眠る。――人と同じ体温を持ち、しなやかで美しい肉体だった。

「ソラ大好き」

「僕らは家族なんだ。ずーっと一緒に暮らしていこう」

 チェリーの使命は全力で僕を愛すること、そして僕もチェリーを愛している。

 学習能力の高い人工知能を持つチェリーは会話の受け答え、表情やしぐさもまるで感情があるように見える。

 よくできたインターフェースを持ち、実によくプログラミングされていた。ロボットであることを忘れてしまうくらい人間に近い存在だった。

 それなのに……忘れもしない、あの日、僕らは……。


               *


 月に一度チェリーが育てたバラの花を持って、両親と妹のお墓に行く日だった。

 22世紀では土葬の風習がなくなり、遺骨は小さな瓶に入れられてコインロッカーみたいな霊廟れいびょうに安置されている。

 アンドロイドのチェリーは霊廟内に入れないので車で待っていて貰うことに、三十分くらいして車に戻ったらチェリーがいない。僕のケータイから信号を送ったが反応がなく、GPSで位置も確認できない。僕の目の前から、忽然と消えてしまった……。

 ひょっとして、チェリーが盗まれた!? 

 高価なアンドロイドを転売する窃盗団がいると聞いたことがある――。


 僕はチェリーを探して、毎日街を彷徨った。

 絶対に見つけてやるぞ! 家族を喪して独りぼっちの僕にはチェリーしかいない。チェリーだけが心の支えなんだ。

 三ヶ月ほど過ぎた頃、繁華街に駐車していた高級車にチェリーとよく似たアンドロイドが乗っているのを発見した。

 髪はゴールドでカーリーヘアだったが、真紅の薔薇の瞳は確かにチェリーのものだ。

「チェリー!」

 僕の呼びかけに君はゆっくりと振り向き、

「私の名前はセシルです」

 冷ややかな声で答えた。

 だが、その声はチェリーだった。注文生産の音声はユーザーの好みで作られている。

「私と遊びたいの? 5万クレジットであなたのものよ」

 な、なんだって!? 

 まさか、僕のチェリーがこんな酷いことをさせられていたなんて……。

「チェリー! 思い出してくれ、僕はソラだ。君のパートナーのソラだよ!」

 チェリーは静止したまま、じーっと僕のことを見ている。


「誰だ、おまえ!?」

 知らない男が僕の後ろに、見たところマフィア風だった。

「このアンドロイドは僕のものだ! 体内に埋め込んであるシリアルナンバーで所有者が分かる」

「なんだと!」

 いきなり、そいつが殴りかかってきた。

「チェリーは僕の家族だ! 返してくれ!」

「黙れ! この野郎!」

 男が銃を発砲して、弾は僕の肩を貫通した。

「ソラ―――!!」

 チェリーが、男を羽交い締めにして抑えてくれた。

 精巧にプログラミングされた人工知能は、新しいデータ―を上書きされても、僕の声で全てを思い出したんだ。

 銃声を聴きつけた群衆の誰かがポリスに通報してくれた。そしてシリアルナンバーからアンドロイドの所有者が僕だと証明された。

 上書きされたデーターを完全消去するため、チェリーを工場へ連れていった。


 僕の知らない、君の汚い記憶なんか消えてしまえっ!


               *


「チェリー、お帰り!」

「私、眠っていたの?」

「そうさ、僕の夢の中で君は眠っていたんだよ」

「ソラとずっと一緒に暮らしたい」

「うん。二人の未来がこれから始まる!」

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