第30話 雛とアタシと――。
あの子を初めて見た時、不覚にも胸がキュンとしてしまった。営業部一の
中堅クラスの広告代理店で営業成績は常にトップを誇っている。
可愛げがない、クールな女、君は独りでも大丈夫、と男に身捨てられてきた。……誰も守ってなんかくれない。――だから、アタシは強い女になった!
去年の春、入社した、
最初は総務部に配属されたが、マスコットガールみたいに可愛がられていたようだ。それが、どういう訳か本人のたって希望ということで営業部に転属されてきた。
そして上司から、後輩として面倒をみるようアタシに任された。
雛は小動物みたいに、少し首を傾げて、大きな瞳を
細巻きメンソール煙草に火を付け、一服ふかすと、
「営業は厳しいわよ。無理だと思ったら、いつでも総務に戻っていいから」
「はい! 頑張ります」
雛は元気よく応えた。なぁに? そのキラキラした瞳は……。
「なんで営業なんか希望したの?」
ひ弱な雛に営業は向いていないと絶対思う。
「――実は、入社した時から憧れていたんです。ブランドスーツをビシッ決めて、颯爽と営業に行く先輩の姿に! キャリアウーマンって感じでとっても素敵でした!」
「そ、そうなの? けど、仕事は甘くないわよ」
そんなことを言われたら、なんか面映ゆい……。
「ご指導よろしくお願いします」
雛はアタシに憧れてるみたいだけど、アタシは雛のように、誰からも可愛がられて守って貰える。――この子の方がずっと羨ましいよ。
さっそく雛を連れて顧客の会社を訪問する。
新人の挨拶を兼ねて、
「いつもお世話になってまーす」
アポなしで会って貰えるか心配だったが、挨拶だけだと言ったら会長室に通してくれた。マッサージチェアに会長は座っていた。
「うちの新人営業ウーマンの挨拶にきました」
「まだ君は結婚もせんと働いとるんか、女は、早よ嫁にいって子どもを産まにゃいかんぞ」
チェッ! 今年三十三の私には一番聴きたくない言葉だった。内心、舌打ちしながら笑顔で応える。
「なかなか貰い手がなくてぇ~」
「ワシが相手を探してやろうか」
大きなお世話だよ! と、言いたいところをグッと堪える。
「ん? その子は何じゃ?」
「あのう、新人の荻野 雛と申します」
横からピョコンと頭を下げた。
「ほぉーほぉー」
会長はしばらく雛を見つめていた。
「君はいくつ?」
「はい、二十三になります」
そしていきなり、
「可愛い新人じゃのう。よっしゃ! この子の名前で契約してやろう」
アタシが何度足を運んでも契約してくれなかったくせに……この狸おやじめぇ~。
「この子を見てたら、この子のために何かしてやりたくなった」
これは雛が放つ“ 守ってちゃんオーラ ”なのか?
挨拶しただけで契約が取れるなんて、怖ろしい新人だわ! もしかして、この子は人心掌握術の達人かも!?
先日、雛を連れて挨拶に行ったB社の経理部長に一席設けろと言われた。
どうやら新人の雛が気に入ったようで接待して欲しそうだった。B社の部長は女好きだと評判で警戒していたが、まあ、三人なら大丈夫だろうと料亭のお座敷で食事をすることにした。
お酒が飲めない雛はお酌をしていたが、肩に手を掛けたり、手を握ったりと、酔っ払った部長の態度が露骨にスケベになってきた……ちょっとヤバイなぁ~そろそろ御開きにしようと、帳場で支払いを済ませることにした。
アタシが座敷に返ってきたら、嫌がる雛に部長が無理やりキスしようとしていた。
それを見た瞬間、アタシの頭に血が上った!
「このエロ部長! 雛になにするんだっ!」
アタシは満身の力を込めて、禿げた後頭部を引っ叩いた。
「雛、行くよぉ―――」
そのまま雛を連れて外へ飛び出したが、冷静になって考えると大変なことやらかした。B社は我が社にとって大口の取引先なのだ。
「先輩、あんなことして大丈夫ですか?」
泣きそうな顔で雛が訊いた。
「うん……。マズイかも、ヘタしたらアタシ首になっちゃうかも」
「ゴメンなさい、雛のせいで……」
泣きじゃくる雛の肩を抱いて、
「泣くなっ! 後輩を守るのが先輩の務めだよ」
強い女のこのアタシまで、一緒に泣いてしまった。
翌日、覚悟を決めて出社したら意外な展開になっていた。
B社の部長は取引先の女性社員などにセクハラしたのが
「先輩、良かったですね!」
雛とハグして喜んだ。
「ホント、雛はラッキーガールだよ」
「ううん。先輩のお陰です」
雛が側にいたら、トゲトゲした今までのアタシが嘘みたいに消えていく――。
「雛、行くよぉ―!」
「はい! 先輩」
今日も雛と二人で営業だ。
この子といると守ってあげたいという優しい気持ちになれる。――そんな自分が好きになった!
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