第18話 指名手配の男

「なぜ俺の写真が!?」

 交番の指名手配の掲示板に、自分の顔を見つけて茫然とした。罪名は『強盗殺人』とある。

 なんてことだ! 俺そっくりの指名手配の男は、まさしく俺自身だった。

 名前も髪型も着ている服も、今、俺が身につけている物と全く同じだ。だが『強盗殺人』をはたらいた記憶はないし、そんな大それた事をやる度胸は俺にはない!

 これは罠か? やってもいない罪を被されているのかも知れない。

 

 その時、どこからか男の声がした。

「これはあなた自身の映画です。どうぞあなたが演じてください」

 クックックッ……と含み笑いが聴こえた。

 あの男だ! そうか、あの映画館に俺は居たんだ。


 俺はバイトの居酒屋を無断欠勤して首になった。

 日頃から、気にいらない店長だった「お前は首だ! もう来るなっ!」と言われた瞬間、カッとして気が付いたら店長を殴っていた。警察を呼ばれたら厄介なので慌てて逃げた。

 そのまま行くあてもなく街を彷徨っていたら、路地の奥ネオンがチカチカしていたので近づいてみると映画館だった。

 古臭い映画館で大昔に上映された時代劇の看板が掛かっている。気になって中を覗いてみたら、切符売り場の小さな窓から声が聴こえた。

「お客さん、映画をご覧になりたいですか?」

「いや、違う」

 慌てて立ち去ろうとすると……。

「お待ちなさい! 今日は映画館の無料開放デーなのです」

「えっ?」

「お客さんの観たい映画を無料で上映します」

「ホントにタダで観れるのか?」

「はい。どうぞお入りください」


 そう言われて俺は中に入った。薄暗い館内には観客席が五十席くらいあった――当然、観客は俺一人だった。

「ようこそ! 当映画館へ」

 いきなり頭上から声が響いた。驚いた俺はキョロキョロしたが、それは後ろの映写室からの声のようだ。

「お客様お一人なので、リクエストした映画を上映しましょう」

「リクエストだって? そんなサービスができるのか」

「どうぞ、なんなりと」

 慇懃丁寧いんぎんていねいな男の声だ。

「……そう言われても、観たい映画が浮かばない」

「では、今のあなたの気分に合った映画をお観せしましょう」

「今の気分って……なぜ、そんなことが分かるんだ?」

「映写技師を長いことやっていると、いろんなことが見えてくるんですよ」

 クックッと不気味な声で映写室の男が笑った。

「何でもいいや。適当にやってくれ」


『お客様の気分に合った映画の上映です!』


 館内の照明が消されて、カラカラとフィルムを巻き上げる音に、白いスクリーンには一条の光と影が映し出された。

 同時に、俺は睡魔すいまに襲われて眠ってしまった。


 ――そして気が付いたら、交番の前に立っていたのだ。


 俺の姿を見て通行人がヒソヒソと話してる、交番から警察官が出て来た。

 マズイ! 俺は指名手配の男だった。

 どうする? 取り合えず俺は全力疾走で逃げることにした。

 このままでは俺は『強盗殺人犯』にされてしまう。狭い路地や住宅地を掻い潜って必死で逃げた。――遠くでパトカーのサイレンがする。

 ヤバイ! このままでは捕まってしまう。何か身を守る物はないかとポケットに手を入れると血の付いたサバイバルナイフが出てきた。これは俺のナイフだ! 以前、喧嘩した時に買ったもの。これは誰の血なんだ? ナイフまで出てきたら俺が犯人だと確定される。

 もう、駄目だ―――!!


 路地で小さな女の子が遊んでいるのが見えた。

 俺の頭にひとつの言葉が浮かんだ『人質』、そうだ! あの女の子を人質にして逃げよう。俺は女の子の腕を乱暴に掴んだ。

「ギャッ」

 驚いた女の子は悲鳴をあげて、その後大声で泣き出した。

「うるさい! 泣くなっ!」

 母親や近所の住民たちが出てきた。

「騒ぐと、このガキを殺すぞっ!」

 ナイフを喉に突き付けて俺は叫んだ。だが、手遅れだったパトカーやヘリが頭上を舞っている。いつの間にか俺は機動隊に取り囲まれていた。

「チクショウ! 人質を殺してやる!」

 その瞬間、空気を引き裂くような銃声が俺の耳をかすめた。ね飛ばされるような衝撃を感じて、ゆっくりと俺は地面に倒れていった――。


「起きてください!」

 男の声に驚いて目を覚ました。

「映画はどうでしたか?」

「寝てたから観てない。それより変な夢をみた」

「あなたが強盗殺人犯になって、指名手配される夢でしょう?」

「なぜ知ってるんだ」

「それは夢じゃなくて、現実にあなたが起こす事件だからです」

「えっ?」

「バイトを首になったあなたはお金に困って空巣に入ります。しかし、家人に気づかれ騒がれたので、脅しに持っていたナイフで刺してしまいます。無理やり訊き出したキャッシュカードの暗証番号で、ATMからお金を引きだしている、あなたの姿が銀行の防犯カメラにハッキリと写っていますよ」

 クックックッ……男の含み笑いが館内に響いた。

「当映画館では、あなたの未来を上映しました」

「嘘だ―――!!」

 大声で叫んだ俺の手に血の付いたナイフが握られていた。どこかでパトカーのサイレンが聴こえる。

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