第10話 トイプードルを連れたお嬢さん

 黄昏時たそがれどき、公園沿いの散歩道は日中のアスファルトの熱も冷めて、ちょうどよい温度だ。この時間に行き交う顔馴染みたちに軽く挨拶すると、おいらは元気いっぱい歩く。一日の中で一番好な時間だ。

『お、あの子がきた!』

 彼女の放つ芳しい匂いが風に運ばれて、おいらの敏感な鼻が反応した。

 この道でいつもすれ違う茶色いクリクリ巻き毛の女の子だ。小柄でとってもセクシー! 興奮して落ち着かなくなってきた。

 ダッシュで駆け出そうとしたら、「おいっ、そんなに引っ張るなよ」後からグイッと、おいら行動を止めようとする奴がいる。『チクショウ! おいらには自由はないのか? 可愛いあの子の所へ飛んでいきたい』ハァハァ……おいらの興奮はマックスだぜ! 大好きなあの子にハグしたい!


「キャッ」

「ああっー! ス、スミマセン」

 ありゃ? 相手を間違えた。あの子の連れにハグしたら驚いて尻餅ついちゃった。

「大丈夫ですか? うちの犬が失礼しました」

「ヘーキです。いきなり跳びつかれてビックリしただけ。元気なワンちゃんですね」

「いや~飼い主の僕に似てバカ奴なんですよ」

 うふふっと連れの女が笑っている。

 バカとはなんだ、失礼だぞ。おや、あの子がおいらのことをジーッと見てるよ。ウッ! 胸がキューンとしてきた。


『ホント、あんたってバカみたいね』

 あの子が話かけてきた。

『えっ? えへへ……』

 憧れのあの子にキツイことを言われても、おいらは尻尾を振って喜んだ。

『わたしの飼い主に汚い脚で飛びつかないでよ!』

 機嫌の悪い声だ。

『ゴメンよ。わざとじゃない。キミと間違えたんだ』

『わたしと……フン! どういうつもり?』

『おいら、つまり……その……キミが好きなんだよ』

 犬だけど顔が真っ赤になった。愛の告白に心臓がバクバクした。

『何言ってんの? あんたってミックスでしょう? わたしは血統書付きのトイプードルの一族よ。身分が釣り合わないわ!』

 そう言って、プイッとそっぽを向いた。

 

 ――確かに、おいらは雑種だし捨て犬だった。

 三年前、堤防の草むらに、段ボールに入れられて兄弟三匹は捨てられた。その内、二匹はすでに死んでいた。おいらだけが辛うじて生きていたが……やっと目が開いたばかりの仔犬の命は風前ふうぜんの灯だった。

 あの時、ジョギングしていたサトルが見つけてくれなければ、とっくに死んでいただろう。運良く保護されて、おいらはサトルの家で飼って貰っている。

 飼い主のサトルは28歳独身。彼女いない歴?年の男だ。

 五年前に両親を自動車事故で同時に亡くして、今は広い一軒家でおいらとふたり暮らし。建築設計の仕事をしているので、自宅でいつもパソコンを弄っている。まあ、寂しい男だなぁー。


「うちの子はソニアって言うの。ゲーム好きだからソニック君から付けたのよ」

「こいつはマメ吉、拾った時は片手に乗るくらい小さくて……死にかけてたけど、助かって、僕の家族になったんだ」

「ひとり暮らしで寂しいから、半年前にペットショップでこの子を買ったのよ」

 連れ同士は、お互い犬好きだから気が合うみたいだ。


『カスミは、わたしが来る前は彼氏と暮らしていたんだけど……別れちゃって、この町に引っ越しして来たのよ。……きっと寂しんだろうなぁー。夜遅く仕事から帰って、キッチンで溜息つきながらお酒飲んるのよ。そんなカスミ見てたら、わたしまで悲しくなるわ』

 キューウンと切ない声であの子が鳴いた。

 飼い主のカスミは26歳でアパレル関係の仕事をしている。

 おいら犬だから、人間の女の趣味は分からないけど、スラリとして色が白い。好きな臭いじゃあないが、お花みたいな匂いがする。

『うちのサトルなんか、デートする相手もいないんで、いつもTVゲームばっかりやってる』

『あらっ、カスミもそうよ』

 おいらとソニアは顔を見合わせて笑った。


「犬の散歩でよく見かけますが、近くにお住まいですか?」

「ええ、公園から見える。あのマンションに住んでいます」

 洒落た白いマンションを彼女が指差す。

「僕んちと近いなあ、マンションの向うにコンビニがあるでしょう? その先の花屋から五軒目が僕の家ですよ」

 ふたりは親し気にしゃべっている。いい感じだぞ!


『あんたって、マヌケな顔してるけど悪くなさそうね』

 あの子は口が悪い。

『ありがとう! 仲よくしようぜ』

 ニンマリとする、おいら――。


 静かに夕闇ゆうやみが迫って来たが、連れのお二人さんは仕事や家族の話しで話題が尽きないようだった。

 元はおいらが跳びついた縁だけど、相性は悪くなさそうだ。頑張れサトル!


「この近くに犬同伴オーケイのレストランがあるんです。よければ……そのう、犬たちと一緒に食事しながらお話しませんか?」

 勇気をふり絞ってサトルが誘った。

「ええ、喜んで……」

 彼女が恥ずかしそうに頷いた。

 よっしゃー、でかしたぞサトル! 

 おいらとソニアも仲よく二人について行った。ハッピーだぜ♪

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