第10話 トイプードルを連れたお嬢さん
『お、あの子がきた!』
彼女の放つ芳しい匂いが風に運ばれて、おいらの敏感な鼻が反応した。
この道でいつもすれ違う茶色いクリクリ巻き毛の女の子だ。小柄でとってもセクシー! 興奮して落ち着かなくなってきた。
ダッシュで駆け出そうとしたら、「おいっ、そんなに引っ張るなよ」後からグイッと、おいら行動を止めようとする奴がいる。『チクショウ! おいらには自由はないのか? 可愛いあの子の所へ飛んでいきたい』ハァハァ……おいらの興奮はマックスだぜ! 大好きなあの子にハグしたい!
「キャッ」
「ああっー! ス、スミマセン」
ありゃ? 相手を間違えた。あの子の連れにハグしたら驚いて尻餅ついちゃった。
「大丈夫ですか? うちの犬が失礼しました」
「ヘーキです。いきなり跳びつかれてビックリしただけ。元気なワンちゃんですね」
「いや~飼い主の僕に似てバカ奴なんですよ」
うふふっと連れの女が笑っている。
バカとはなんだ、失礼だぞ。おや、あの子がおいらのことをジーッと見てるよ。ウッ! 胸がキューンとしてきた。
『ホント、あんたってバカみたいね』
あの子が話かけてきた。
『えっ? えへへ……』
憧れのあの子にキツイことを言われても、おいらは尻尾を振って喜んだ。
『わたしの飼い主に汚い脚で飛びつかないでよ!』
機嫌の悪い声だ。
『ゴメンよ。わざとじゃない。キミと間違えたんだ』
『わたしと……フン! どういうつもり?』
『おいら、つまり……その……キミが好きなんだよ』
犬だけど顔が真っ赤になった。愛の告白に心臓がバクバクした。
『何言ってんの? あんたってミックスでしょう? わたしは血統書付きのトイプードルの一族よ。身分が釣り合わないわ!』
そう言って、プイッとそっぽを向いた。
――確かに、おいらは雑種だし捨て犬だった。
三年前、堤防の草むらに、段ボールに入れられて兄弟三匹は捨てられた。その内、二匹はすでに死んでいた。おいらだけが辛うじて生きていたが……やっと目が開いたばかりの仔犬の命は
あの時、ジョギングしていたサトルが見つけてくれなければ、とっくに死んでいただろう。運良く保護されて、おいらはサトルの家で飼って貰っている。
飼い主のサトルは28歳独身。彼女いない歴?年の男だ。
五年前に両親を自動車事故で同時に亡くして、今は広い一軒家でおいらとふたり暮らし。建築設計の仕事をしているので、自宅でいつもパソコンを弄っている。まあ、寂しい男だなぁー。
「うちの子はソニアって言うの。ゲーム好きだからソニック君から付けたのよ」
「こいつはマメ吉、拾った時は片手に乗るくらい小さくて……死にかけてたけど、助かって、僕の家族になったんだ」
「ひとり暮らしで寂しいから、半年前にペットショップでこの子を買ったのよ」
連れ同士は、お互い犬好きだから気が合うみたいだ。
『カスミは、わたしが来る前は彼氏と暮らしていたんだけど……別れちゃって、この町に引っ越しして来たのよ。……きっと寂しんだろうなぁー。夜遅く仕事から帰って、キッチンで溜息つきながらお酒飲んるのよ。そんなカスミ見てたら、わたしまで悲しくなるわ』
キューウンと切ない声であの子が鳴いた。
飼い主のカスミは26歳でアパレル関係の仕事をしている。
おいら犬だから、人間の女の趣味は分からないけど、スラリとして色が白い。好きな臭いじゃあないが、お花みたいな匂いがする。
『うちのサトルなんか、デートする相手もいないんで、いつもTVゲームばっかりやってる』
『あらっ、カスミもそうよ』
おいらとソニアは顔を見合わせて笑った。
「犬の散歩でよく見かけますが、近くにお住まいですか?」
「ええ、公園から見える。あのマンションに住んでいます」
洒落た白いマンションを彼女が指差す。
「僕んちと近いなあ、マンションの向うにコンビニがあるでしょう? その先の花屋から五軒目が僕の家ですよ」
ふたりは親し気にしゃべっている。いい感じだぞ!
『あんたって、マヌケな顔してるけど悪くなさそうね』
あの子は口が悪い。
『ありがとう! 仲よくしようぜ』
ニンマリとする、おいら――。
静かに
元はおいらが跳びついた縁だけど、相性は悪くなさそうだ。頑張れサトル!
「この近くに犬同伴オーケイのレストランがあるんです。よければ……そのう、犬たちと一緒に食事しながらお話しませんか?」
勇気をふり絞ってサトルが誘った。
「ええ、喜んで……」
彼女が恥ずかしそうに頷いた。
よっしゃー、でかしたぞサトル!
おいらとソニアも仲よく二人について行った。ハッピーだぜ♪
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