第9話 死にたがり屋の男
おまえはただの死にたがり屋
僕はそれに手を貸さないし
断じて、おまえに手を貸さない
死にたいのなら、お好きにどうぞ!
僕はそれに手を貸さないし
ただただ黙って見ているだけさ
◇
外出先から戻った僕が、ドアを開けた瞬間だった。
買い替えたばかりの白いソファーを点々と赤い
一番始めに目に入った光景が、これだ――。
玄関とリビングを隔てる扉は開放されていたが、玄関口に立つ僕の位置からも見えるということは、近くで見たらかなりの大惨事なのだろう。
ゆっくりとリビングに入っていくと、目の前には手首を負傷した男がいる。
その裂傷よりも、買ったばかりの白いソファーが気になる僕だ。
お気に入りのソファーを汚されて、思わずチッと舌打ちをしてしまった。
自分の身体に傷をつけて、血を流すような奴に同情なんかしない。
勝手にしろ! と、心の中で毒づいている。
そんな僕は薄情なのかなあー。
だけど、単に見慣れただけ……か?
最初は驚きもしたし、慌てて治療だってやったさ。
しかし、今さら何の新鮮味もない、毎度々のことだから――。
男の自殺未遂は日常化しているのだ。
ソファーの上で血を流す男の元へ向かう足は、彼を止めるためではなく、
「買ったばかりなんだけど?」
この文句を言いたかったからだ。
そして、延ばした僕の腕は刃物を取り上げるためでも、ましてや優しく抱擁してやるためではなく、その男の身体をソファーから引きずり落とした。
「すまない……」
転がった男の手首から、いまだ流れる赤い雫が今度は床を汚し始める。
どこまで迷惑な男なんだ!
――掃除はこの男の仕事だとしても、この男の流す血が僕の住まう空間を汚染していくこと自体が許しがたい。
謝罪するくらいなら、いっそ居なくなればいいと思うけど……。
そう、この男の自殺未遂がいつか成功する日を願うばかりだ。
本当は僕に救って貰いたくてやっていることは知っている。
けれど、それじゃあツマラナイから――。
「それで。続きは?」
「えっ……」
「おまえは死にたいんだろう?」
「…………」
その言葉に男は再び、己の手首に刃物を
なんだよっ! こいつ度胸もないくせに……。
僕はそれに手を貸さない。
「――救って欲しいんだろう? 嫌だね!」
僕は、おまえに手を貸さない。
リビングの鏡に映った僕の顔がニヤリと嗤う。
「さっさっと死ねば!」
今日も死にたがり屋の男は死ねない。
◇
おまえはただの死にたがり屋
僕はそれに手を貸さないし
断じて、おまえに手を貸さない
死にたいのなら、お好きにどうぞ!
僕はそれに手を貸さないし
ただただ黙って見ているだけさ
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます