第11話 〔アンテナきのこ〕

 俺の部屋にはテレビが三台ある。一台目はテレビ放送を観る用、二台目は録画専用、三台目は古いブラウン管テレビで地デジになったので映らないが、DVDの再生とゲームならできるので捨てないで取ってある。

 このブラウン管テレビが、ある日勝手にしゃべり出した。

『やあ! テレビの前の君、私とジャンケンをしよう』

 俺は驚いて言葉もでない。

 電源が入っていないのに、テレビの画面が写っている。

『どうした? 鳩が豆鉄砲まめてっぽうくらったような顔して』

 テレビの男はフレンドリーに話かけてくる。こいつはいったい何者なんだ?

「あんた誰だよ?」

 不条理な存在ともいえるテレビの男に訊いた。

『えっ? わたし、私はテレビの妖精だよ』

 なにぃ!? テレビの妖精って? 妖精っていうと羽が生えた小さな女の子のことだろう。

 こんなオッサンが妖精なのか? この男ときたら、7:3に分けた髪をワックスでテカテカに固めて、丸い黒ぶち眼鏡に、悪趣味としか思えない赤と白のストライプのスーツを着た、くいだおれ人形にそっくりだった。

『あれぇ? 君は信じてないでしょう? テレビだって長く人間界にいると妖精が宿るんですよ』

 こんな気持ち悪い妖精なんか認めない――。

『妖精という言い方にご不満なら、付喪神つくもがみと、いったら納得してくれますか?』

 付喪神つくもがみとは、古来日本に伝わる、長い年月を経た道具などに神精霊しんしょうれいなどが宿ったもののことである。埃を被っていたブラウン管テレビにも、そんなものが宿るなんて……そっちも何だか嘘っぽい。

「ふーん、だったら証拠を見せろ」

『私は子どもの頃の君を知っているよ。いつもひとりぼっちでテレビを観ていたね』

 テレビの男は子どもの頃の俺の話を始めた。当時、観ていたアニメやドラマのことだが全て当っていた。


 小学生から俺は鍵っ子だった。

 うちは母子家庭で看護師の母は仕事が忙しく、家に帰っても誰もいなくて、いつもテーブルの上にお金が置いてある。それで好きなお菓子を買ってテレビを観ていた。 

 高校二年の時、イジメにあった俺はそれを理由に学校へ行かず引き籠りになった。あれから三年、ニートになった俺は毎日々テレビ漬けの生活だった。

 絶対に働くもんか! 働き者の母親の分まで怠けてやると誓ったんだ。


『ブラウン管テレビをお持ちのユーザー限定〔ジャンケンポンで夢を叶える〕って、妖精界の企画で君が選ばれました』

「どんな夢でも叶うのか?」

『もちろん! ジャンケンで私に勝てばお望みどおり』

 夢かぁー。ニートの俺にはしたる夢もないや。だけど世界征服っていうのも有りか。面白そうだからやってみよう。

 ジャンケン、ポン!

 あいつはパー、俺はチョキで勝った!

『君は〔ジャンケンポンで夢を叶える〕の権利を手に入れられました。どんな夢でもどうぞー』

「ちょっと待ってくれ。急に言われても思いつかない」

 何も考えずに生きてきた俺に、急に叶えたい夢なんかあるもんか。

『じゃあ、夢を決めるまでテレビの中を散策して貰いましょうか』

「うわぁー」

 いきなりテレビの中から男の手が出て来て、俺は襟首えりくびを掴まれてテレビの中へ引っ張り込まれた。


「……ここは?」

『テレビの中ですよ』

 真っ暗な空間は上も下もない二次元の世界だった。所々にモニターみたいなテレビがある。

「あのテレビは?」

『あそこからテレビの前のユーザーが覗けます』

 テレビの向う側では肥った男がポテチを食べながら、どんよりした目でテレビを観ている。もうひとつのテレビはベッドに転がって虚ろな目でテレビを観る女。

 どいつも生気のない顔でぼーっとテレビを観ている。

「あいつらは……?」

『君と同じニートで、テレビけ人間です』

「おい、あいつらの頭に付いてるアンテナみたいな物は何だ?」

『ああ、あれね。……あれはテレビばかり観てると生えてくる〔アンテナきのこ〕です』

「えっ? 〔アンテナきのこ〕何に使うんだ」

『地獄に落ちたら必要になりますよ』

 そう言って男はニヤリと笑った。

『じゃあ、地獄放送じごくほうそうをお見せしましょうか』


 103インチの大画面テレビが目の前に出現した。

 地獄の亡者たちが〔血の池〕や〔針の山〕を彷徨っている。頭に〔アンテナきのこ〕が生えた亡者たちを地獄の鬼がリモコン操作している。アンテナが付いた亡者たちは逃げることもできず、恐怖と苦痛で泣き叫んでいた。

 まさに阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄絵図がテレビに映っていた。

『地獄の亡者たちの放つ恐怖の電波は鬼たちの餌になるのです』

「あれが苦しみが永遠に続く無間地獄むげんじごくってやつか?」

『いいえ、無線地獄むせんじごくですよ』

「もしかして、今の生活をずーっと続けていると……俺もそうなるのか?」

『もう立派な〔アンテナきのこ〕が生えてますよ』

「ええー!?」

 頭を触ると、俺にも〔アンテナきのこ〕があった。

『君も死んだら地獄に落ちて、あの亡者たちの仲間に入るのです』

 イヒヒッと男が不気味な声で笑った。

「嫌だー! 頼む、助けてくれ」

『それが君の願いですか?』

「ニートはやめる。働くから〔アンテナきのこ〕をとってくれ!」

『承知しました。君の夢は真面目に働く青年ですね』

「真面目に働くからは嫌だぁー!」


               *


「お母さん、仕事に行ってきまーす」

「おまえって、ホント働き者だね。お母さん楽させて貰えそうだよ」

 頭に〔アンテナきのこ〕がなくなった俺は、今度は〔社畜しゃちく〕の仲間に入った。

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