第7話 おら田吾作
俺の名前は
群馬のド田舎から東京の大学に進学した。生まれて初めて故郷群馬を離れた。俺の育った所は群馬でもかなり
最寄の駅まで車で30分、バスは一日2本。携帯は全て圏外、テレビも映るのはNHKと民放が3つだけ……って、どんだけ田舎だんべ!
修学旅行でしか県外に出たことがない俺は、これが当たり前だと今まで思っていた。
東京に来ておったまげたこと! 夜になっても街中が明るい。
俺の育った村では夜は月明かりだけで街灯もない。陽が落ちたら自然と寝る習慣が付いていたので、はぁー東京に来て時差ボケになったい。
自分では標準語を喋っているつもりでも、上州弁が自然に出てしまう。サークルの合コンなんかでお酒が入り、上州弁で喋りまくっていたら、周りの女の子たちにドン引きされちゃったい。
おまけに自己紹介で名前をいうと必ず笑われる。
――何しろ、俺の名前は。
織田吾作⇒おだごさく⇒おらごさく⇒「おら
この『
女系家族の我が家では男は親父と俺だけ……。んなん、家ん中で小さくなっとるわいねー。
ひい婆ちゃんの80年前の初恋の男の名前が『
だから、妹のうめは高校生になって、名前のことをからかわれて『不登校』になったんだ。都会なら学校サボって繁華街のゲームセンターで遊んだりするんだろうけど……何しろド田舎で街まで遠過ぎて、そうやすやすとは行けない。
取り合えず、学校に行った振りして、妹は山の中に入って一日過ごしていたらしい。ある日、マタギのおじさんに見つかって家に連れ戻されたが、山でやることないので毎日山菜採りをやったから、大量の山菜と共に戻ってきた妹なんだ。
ひい婆ちゃんは大喜びで、山菜を佃煮にしてくれた。だから、ひい婆ちゃん的には、『不登校』というのは、学校をズル休みして山菜採りをすることと思っているんきゃ?
こんな田舎者の俺でも、大学に好きな女の子がいるんだ。
「織田くんって、群馬出身なんでしょう?」
俺が学食でラーメン食べていたら、いきなり絵梨華ちゃんの方から話かけてきた。
「はぁー、いかにも群馬ですが……」
おったまげて、胸がドキドキした。彼女は空いている隣の席に腰かけて、
「うちの両親も群馬の出身なのよ。今もお祖母さんが住んでいるから、時々帰省するの」
ええぇー! 都会人だと思ってた絵梨華ちゃんの故郷が俺と同じ群馬だったとは……。さらに彼女はこう言ったのだ。
「カッコ付けてる都会の男の人より、織田くんのような素朴な田舎育ちの人が私好きだわ」
な、なんと! 大学一の美人から告られた? こ、この俺が……。
そして信じられないことに俺たち付き合うようになった。
大学仲間の間では、『お姫様と田舎っぺ』カップルとして評判になったけど、結構、うまくいってたんだ。
夏休みに群馬に帰省するって言ったら、彼女は寂しがっていた。メールを送りたくても……俺の田舎は圏外でメールのやり取りもできない。
「いつか俺の田舎に
「うん。群馬好きだから、きっと遊びに行くよ」
絵梨華ちゃんのその言葉に涙が出そうになった。
「お土産買って来てね。群馬らしい珍しいものがいいなぁー」
「はぁ、俺に任せるだで!」
その言葉を胸に俺は田舎に帰って行った。
ひい婆ちゃんに群馬らしい珍しいお土産ってなんだっぺ? て訊いたら「そーっさぁ。これだんべ!」と竹の皮に包んだ、ひい婆ちゃんの手作りのアレを渡してくれた。これなら都会には売ってないし、栄養抜群で群馬人の元気の
東京へ戻った俺は、さっそく絵梨華ちゃんに連絡をして、原宿のオープンカフェで待ち合わせた。そして、お土産に持ってきたアレを絵梨華ちゃんに手渡した。
彼女は竹の皮に開いて見た瞬間! 顔が引きつってアレを放り投げた。
「キモーイ!」
大声で叫ぶと、彼女は
「おーい、絵梨華ちゃーん!」
どうしたんだっぺ!? テーブルに飛び散ったアレを摘まんで口に入れた。
「絵梨華ちゃんはこれがおっかねえんや」
いなごの佃煮うんまいのに、俺の恋は終わったのきゃ? んなん、あるけー!?
大環(おおかん) ⇒ 通り
いなごの佃煮 ⇒ バッタの仲間であるイナゴを利用した佃煮。
山形県の内陸部、群馬県、長野県、福島県など、
海産物が少ない山間部を中心に多く食用とされる。
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