第6話 雨女と呼ばないで!

 ああ、また雨に掴まってしまった。

 私が外出すると決まってそうだ。特に梅雨時には必ず雨と遭遇する。さっきまで晴天だった空が、いってんにわかにくもり、雷鳴とともににわか雨になった。激しい雨には傘を持っていても何の役にも立たない。しかたなく軒先で雨宿りをする破目になった。

 ――またかと溜息を吐いて空をにらむ。

 子どもの頃から大事な行事の日にはたいてい雨が降った。遠足、運動会、旅行、そして……デートの日も決まって雨になった。

「おまえって雨女なんだ?」

 三ヶ月前から付き合いはじめた彼氏にも言われた。

 今まで十回のデートの内、七回まで雨になった。だから水族館や地下街みたいな屋根のある所ばかりで、アウトドア派の彼氏は不満そうだった。

「昔から、私が出掛けると決まって雨になるの」

「ホント雨ばっかりでシケルよなぁー」

 私を責めるような言い方だった。

 先週の日曜日、彼氏とその友人たちが川辺でバーベキューやったらしいけど……彼女なのに私だけ誘ってもらえなかった。そのことを彼氏に言ったら「おまえ雨女だから、来たら雨になるじゃん」と素っ気なく言われた。


 雨女と呼ばないで!

 なんで雨が降ったら、私の責任みたいに言われなきゃいけないの!?

 さっきも、『にわか雨でデートに遅れます』って、彼氏にメールしたら、『またかよ。こっちは晴れてる。もう来なくていいぜ!』と返信された。

 ショック! せっかくのデートなのに……オシャレして家を出たのに……このザマだ。

 彼氏に愛想を尽かされてることは自分でも分かってる。呪われた雨女が恨めしい。このまま雨の中を走り出して、雷に打たれて死にたい気分だった――。


 すっかり落ち込んで足元ばかり見ていたら、軒先に誰かが走り込んできた。

「スイマセン! ここで雨宿りさせてください」

「ええ、どうぞ……」

 声のする方を見たら、若い男性が立っていた。全身ずぶ濡れで髪の毛から水滴がしたたっている。

「ずぶ濡れで大丈夫ですか?」

「急な雨で傘を持ってこなかったので散々な目に合いました」

 散々と言いながら、顔は笑っている。

「あのう。これで拭いてください」

 バッグからタオルハンカチを出して、男性に渡した。

「いいです。これくらい平気ですから……」

「こんなに濡れて、風邪でも引いたら私のせいだから……」

「はぁ? この雨は君のせいではないでしょう」

「私、雨女なんです。だから私のせい」

 その返答に男性は笑い出した。

 みんなから雨女だと呼ばれていることを話した。六月の梅雨生まれで、ついた名前が美雨みう、その名前のせいか『雨女』の宿命しゅくめいを背負っているのだと――。

「ふ~ん。たしかに雨に降られやすい人っているけど、僕は雨が嫌いじゃない」

「それって、ただの慰めでしょう」

「そんなことないよ」

「嘘! 私が雨女だからって……さっきフラれました。今日はデートだったけど、もう来なくていいって……彼氏に言われました」

 涙ぐんだ私に、今度は彼がハンカチを渡してくれた。

「雨は涙みたいにしょっぱくないから好きだ」

 心の温かい人だと思った、私はまじまじと男性の顔を見た。

 自分と同じくらいの年かな? 背は180センチ近くありそうで、割とイケメンだった。

「僕は雨宮 聡 あまみや さとしといいます。この近くの設計事務所で働いてる。今から帰宅するところでした」

「雨宮だったら“ 雨 ”という漢字が付くのね」

「そう。だから雨が好き」

 その笑顔が素敵だと思った。


 ようやく雨が小降りになってきた。これくらいの雨なら傘があれば十分だ、けれどデートがオジャンになった私に行く当てなどない。

「あのう。折り畳み傘ですが駅までならご一緒にどうぞ」

 その時、クシュンと雨宮さんがくしゃみをした。

「たいへん! 早く着替えないと風邪引いちゃう」

「通りに出たらタクシーをひろいます」

「雨のせいでゴメンなさい」

「どうして君が謝るの?」

「だって、私は雨女だもの」

「そうか。君が雨女だったら感謝しなくっちゃ」

「えっ?」

「こうして君とふたりで傘に入ってるのは、この雨のお陰だろう」

 その言葉に胸が熱くなった。今までそんな風に言われたことなかったから嬉しい、急に雨宮さんとの距離が縮まった感じがする。――その時、傘を持つ私の手に彼の手が重なった。

「傘は僕が持つよ」

 背の高い人が持ってくれた方がいい。

「子どもの頃から雨が大好きだった。雨の日は心が落ち着くんだ。少しくらいなら濡れたって構わない」

「そうなんだ」

美雨みうさんと片方の肩を濡らしながら歩くのは楽しい」

 ふたりで顔を合わせて笑った。

「今度、僕と雨の日にデートしてください」

「はい」

 小さな傘の中、身を寄せ合って歩く、こんなデートも悪くない。


 私、雨女でよかった。だって、こんな優しい雨を降らせることが出来るんだもの。

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