第4話 キャラ弁は愛の味

「ゲッ! 箸わすれたぁー」

 ランチボックスから弁当箱を取り出した瞬間、僕は大声で呟いてしまった。

 箸を忘れるなんて最悪だ! 困ったなぁー、どうする? すると腹の虫までグウゥゥーと鳴いた。

「俺の箸かしてやるよ」

 いきなり横からそんな声がした。

 最近席替えしたばかりだが、こいつが話し掛けてきたのは初めてだ。司馬 翔しば しょうまるでアイドルみたいな名前だが、名前負けしないほどのイケメンなのだ。

 僕、久保 草太くぼ そうたはクラスではいじられキャラで冴えない奴、それに比べて、女子にモテモテの司馬は眩し過ぎてウザい奴だと思っていた。

 その彼からの親切な申し出であるが。――かなり面喰った。

「箸かりてもいいの? 司馬も箸ないと困るだろう」

「俺はいいんだ。とても弁当を食う気分になれん」

 そういう彼の弁当を見て驚いた! 

 ご飯の上にペタンと目玉焼きがひとつ、端の方にタコウインナーに成り損ねた火星人みたいなのが三つ、しかも目玉焼きは焦げて黄身は潰れていた。

 今まで、こんなヒドイ弁当を見たことない僕はしばし呆然ぼうぜんとした。

「ひでぇー弁当だろう? 親父が作ってくれたんだ」

「おとうさんが……?」

「うん。俺ンち父子家庭なんだ。一年前に母親が交通事故で亡くなった」

 司馬のカミングアウトに言葉を失った。

 陸上部のエースでキラキラオーラを放つ彼が、まさかそんな辛い過去を背負っていたとは……。

「おまえの弁当はいつもきれいで美味そうだな」

 僕の弁当を覗いて、羨ましいそうにポツリと呟いた。


 うちの母親は料理好きの専業主婦だ。

 弁当作りに命を賭けているといっても過言ではないほどのキャラ弁作りの天才である。毎日、SNSのブログに『今日のキャラ弁』を更新して悦に入っている。ブロガーとしての人気も高く、時々自慢げに見せられるブログにはかなり閲覧者とコメンテーターがいる。

 地味な主婦の母親も、ネットの世界ではキャラ弁のと呼ばれているのだ。

「うちの母親はキャラ弁の作りが趣味だから……」

「いいよなぁー、そういう愛の詰まった弁当って」

「いやぁー、いい年して、こんな可愛い弁当は恥ずかしいぜぇー」

 マジ、母親の作るキャラ弁は高校生の僕には痛過ぎる! 

 女子に見られるとからかわれるので、いつも弁当箱のフタで隠して食べている。

 うちの親父も初めはもの凄く嫌がっていたが、弁当持っていかないと妻の機嫌が悪くなるので仕方なく会社に持って行ったが、近頃では親父の弁当を取り巻くようにOLたちのギャラリーが出来上がり、弁当のフタを開けると、おおーっと歓声と同時にカチャカチャと携帯カメラのシャッター音が鳴り響く。

 妻が作ったキャラ弁を前に得意顔の親父だった。

 妹の沙菜さなは中学から私学に通っている。それは弁当を作りたいがため、給食のない私学に通わせるという母親のたくらみのせいだった。

 けれども、妹は母親のキャラ弁が大好きなので、毎日喜んで学校に持っていく――。


「弁当交換してやろうか?」

「えっ! ホントに!?」

「司馬が僕の弁当を食べ終わったら、箸をかしてくれよ」

「いいのか?」

 嬉しそうに司馬の目が輝いた。

 そして僕らは弁当を交換して食べた。僕の弁当を食べている司馬は「うまい」「うまい」と何度も連呼していた。僕はというと司馬の親父の作った弁当の不味さに辟易へきえきした。

「ふぅー。うまかった! やっぱり手作り弁当は最高だよなぁー」

 満足顔で司馬が言う。

「司馬だったら、弁当作ってくれる女子が何人でもいるだろう?」

「俺は好きな子が作った弁当しか食べない。しかも料理の腕がないと女とは認めない!」

 なんか時代錯誤じだいさくごなことをいってるよ。司馬って見掛けの派手さと違って、案外昔気質な男なんだ。


 お弁当が縁で僕と司馬は親しくなった。

 時々、弁当を交換してやっていたが、母親に司馬のことを話したら、「三つ作るのも四つ作るのもお弁当の手間は一緒だから」と司馬の分も作ってくれるようになった。

 感謝した司馬が僕の家にお礼に訪れたら、超イケメンなので母親も妹の沙菜も目がハートになっていた。……チェッ、これだから女って!

 それから司馬はちょくちょく遊びに来るようになり、うちの母親が作ったご飯に舌鼓したつづみを打って帰るようになった。そして、いつの間にか、沙菜とも仲が良くなっていた。ふたりは毎日メール交換をやっているようだ。

 今日も母親の作ったキャラ弁に赤いトマトケチャップで『LOVE』と描いて「おにいちゃん、翔くんに渡してね」という。

 僕の隣でニヤニヤしながら食べている司馬を見て――兄としては複雑な心境だ。何故なら「料理の腕がないと女と認めない」司馬のいった言葉が気にかかる。

 実は、妹は料理なんか作ったこともない。目玉焼きひとつ作れない超料理下手の女なのだ。いつの日にか、沙菜の作った料理を食べていっぺんに司馬の愛が冷めることだろう。

 ……だがしかし、それを超えるだけの愛をこれからふたりで育ててくれと、兄は願うばかりだ。

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