第2話 宅配アイドルでーす♪

 ピザを頼んだら、玄関に変な女が立っていた。

 インターフォンが鳴ったので、てっきりピザ屋だと思って、俺は二階から駆け降りた。台所に置いてある母親の財布からピザの代金をかすめて、慌ててドアを開けたら。

「宅配アイドルでーす!」

「はぁ~? なにソレ? そんなの頼んでないから!」

 そういって、鼻先でバタンとドアを閉めた。

 なんだよ、あの女は? ヒラヒラのミニワンピ着て、ツインテールのヘアースタイル。いかにもアイドルでございって格好だったなあ……俺の頼んだピザ屋はまだか!?

 いきなり、玄関先で歌声が聴こえた。

 インターフォンから覗いたら、あの変な女が歌っている。なんて迷惑な奴だ! 新手のストーカーか!?

「おいっ! 人ン家の前で何やってるんだ」

「アイドルだもん。マイクがあったら歌っちゃうよ」

 マイク型のカラオケに合わせて、ダンスしながら歌っている。俺はドアを開けて怒鳴った。

「迷惑なんだ! 帰ってくれよ」

「私、頼まれて、ここに来たんです」

「いったい誰に?」

「それは内緒でーす。うふふ」

「とにかく帰ってくれ!」

 そこへ、ピザ屋のバイクが停まった。

「お待たせしました。宅配ピザでーす」

 俺は代金を払って、ピザを受け取った。女は横から物欲し気な目で見ていた。

 突然、アイドルのお腹がグゥ―――と鳴った。

「……おまえ腹減ってるのか?」

「うん。昨日から食べてない」

「ダイエット中?」

「違う。お金がなくて……」

 恥かしそうに、赤くなって俯いた顔がちょっと可愛いと思った。

「じゃあ、ピザ食べるか?」

「ハイ!」

 キッチンのテーブルで見知らぬアイドルと一緒にピザを食べた。

 うちは両親共稼ぎだし、弟と妹も会社や学校にいっている。昼間は俺だけが家に居る。いわゆる自宅警備員ってやつで、当然無職の俺に収入はない。このピザも母親の財布から代金を払った。

 俺の人生どこで狂ったのか? 

 大学までは順風満帆じゅんぷうまんぱんだったのに……就職して、初めて挫折を味わった。辛い仕事のノルマ、社内の人間関係、パワハラ上司……ストレスで体調を崩して半年で退社。

 その後、三年も家でヒッキーをやっている。

 以前は両親も働け働けと、うるさく文句を言っていたが、最近では諦めて顔も合わさなくなった。

「ご馳走さまでした」

 こんな風に誰かと飯を食べたのは久しぶりのような気がする。

「お礼に歌とダンスを見せるね!」

 そう言って、アイドルが歌いながらダンスをしていた。正直、上手いというほどでもないが、その一生懸命ぶりが俺を感動させた。

「おまえ見てると元気が出てくる!」

「アイドルですから……」

「自称だろう?」

「いいえ。本物のアイドルにきっと成ります」

「頑張れよ」

 すると彼女は俺の手を取って。

「一緒に頑張りましょう!」

 爽やかな笑顔で言った。その言葉がジーンと俺の胸に響いた。

 そして彼女は手を振りながら去って行った。その後ろ姿はアイドルのオーラを放っている。変なアイドルだったけど、あいつに勇気を貰った気がする。――俺の中で何かが動き出した。

「一緒に頑張ろう……かあ」

 取り合えずパソコンの求職サイトを覗いてみようと思った。


「大臣! 良い結果が出てますよ」

 ここは政府の少子化対策本部の片隅にある「ニート没滅プロジェクト」である。

 若者の間で、働かない、結婚しない、子供できない、この悪循環で少子化が進んでいるという調査結果がでた。

 ニートたちを家から引きずり出して、社会復帰させ、結婚出産させるために作られた特殊班なのだ。

 その作戦に芸能プロダクションの売れないアイドルたちが動員された。

 ニートの居る家へ宅配アイドルとして訪れ、一緒の時間を過ごし、社会に出て行く勇気を与えるのが彼女たちの使命である。

「今回、アイドル作戦でニートたちに意識の変化が見られました。約70%が家から出るためのアクションを起こしました」

「おおー! それは凄い」

 大臣は手を叩いて喜んだ。

「35%が求職サイトにアクセスしました。25%がハローワークに行き、その内10%は就職しましたから、このアイドル作戦を続けていけば、必ずや少子化対策に効果が出ると思えます」

「どんな方法を使ったんだい?」

「震災以来、日本人たちに“絆”という意識が芽生えました。いかなる困難も『一緒に頑張りましょう!』と可愛いアイドルに言われると、さすがのニートも奮起ふんきしたくなるようです」

「キーワードは『』だな?」

「ハイ! アイドルはファンと共に成長していくのです。ニートたちもアイドルと共に成長していこうとする意識が芽生えました」

「おお、若者たちよ! 未来は君たちの手に委ねられている。二次元も良いけれど、三次元にこそ本物の愛が存在するのだ。――まずはアイドルから始めよう!」


 少々、押し付けがましい大臣の言葉でこの話は終わる――。

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