夢想家のショートストーリー集

泡沫恋歌

第1話 チャラ男とツン子

「バカ野郎! もう来るなっ!」

 そう叫んで、立ち去る男の背中に向けてテッシュの箱を投げつけた。だが間一髪、玄関のドアに阻まれて当たらなかった。

「ちくしょう!」

 ドアの向こうから笑いながら立ち去る男の靴音が聴こえる。

《あんな無慈悲な男とは絶対に別れてやる!》

 病人の私を見捨てて出ていった男への怒りが収まらない。


 ここ数日、風邪を引いてアパートでせっていた。微熱が続いて食欲もない。病気になると人は心細い、頼りない男でも頼りにしてしまう。

「風邪を引いたのでお見舞いにきてよ」

 男にメールを送ったら来てくれた。

「これはお見舞いや」

 コンビニの袋に入ったプリンとポカリとハーゲンダッツのアイスを得意そうに見せた。――だが、一番高いアイスは自分用らしく美味しそうに食べてしまった。

 それでも見舞いに来てくれただけでも有難いとを感じていたのだ。

 ふたりで取り留めのない話をしていたら、いきなり男のスマホが鳴った。二言三言ふたことみこと相手と会話して、スッと男が立ち上がると、私のハンドバックから現金を抜いて、「ちょっと金欠やねん、これ一枚貸してや」樋口一葉をヒラヒラさせながらいう。

 てっきり看病に来てくれたものと思い込んでいた私は、なぜお金がいるのかと訊ねると。

「スマン! これから俺デートやねん」

 と言って、男がへらへら笑った。

「なぬう?」

 私の財布から抜いたお金で今から女とデートだとぉ?  

「見舞いのプリン食べや」

 プリンのフタを剥がして渡してくれたが、これでご機嫌取りのつもりか? こんな安い物で誤魔化されるもんかっ!

「じゃあ、また来るでー」

 そわそわと男が帰る支度を始めた。

「こんなもん、いらん!」

 プリンを投げつけたがかわされた。

 あははっ……と、男は動じる風もなく笑っていた。さらに玄関に向かう男の背中にテッシュを投げつけたが命中せず……だった。

 浮気を隠そうとしない男ほど、女にとって『無慈悲むじひな人』はいない。


 男と知り合ったのはバイト先のカラオケ店だった。

 私より半年後に入ったが、覚えも悪くやる気もない。一応大学生と聞いていたが、学校にいってる様子もなく、関西弁でペラペラとよく喋るので若い女の客、特にJKには人気があった。

 金パツのイケメンでチャラチャラして、とりあえず女の子のメルアドを聞く――。そんな奴だと分かっていたのに……なぜか付き合うようになった。

 私は無愛想でみんなからツン子と呼ばれて避けられていたが、あの男だけが私に親しくしてくれたので、つい心を許してしまった――。

 あ~あ、私もバカだ。チッと舌打ちをした後で悔し涙がこぼれた。


 ふと見ると、男が座っていたベッドの脇に何かが落ちている。それは男のスマホだった。そういえば、さっき、鳴っていたが、あれはデートの相手からだったのかも……。

 ベッドから手を伸ばしてスマホの着信履歴を調べた。

萌香もえか」女の名前があった。

 ――これが相手の女だな。証拠はないが女の勘でそう決めた。


 男のスマホからリダイヤルしたら、甲高い女の声が出た。

「あ、もしもしチャラ男くん?」

 女は親しげにチャラ男くんと呼んだ。

「…………」

「なぁに~?」

「チャラ男のカノジョのツン子よ。あのさぁー、あたしのベッドにスマホ忘れていったってチャラ男に伝言してねぇ。よ・ろ・し・くー」

「なによ、ソレ? 超ムカつく! 激おこぷんぷん丸!!」

 いきなり相手の女が意味不明の言葉で激昂げっこうした。

 チャラ男の好きなJKみたいだ。フフンと笑って一方的に切ってやった、スマホの電源もOFFにした。

「ざまぁみろ!」

 今頃、相手の女がどんな顔をしているか、想像しただけで笑える。私は結構、底意地の悪い女のようだ――。


 一時間も経たない内に男が戻ってきた。

 ドアを細めに開けて、中の様子をうかがってからこっそり入ってきた。私のベッドの脇に座って、財布からお札を一枚取り出すと。

「これ、使わへんかったから返すわ」

 寝ている私の目の前で樋口一葉をヒラヒラさせた。

 どうやら、デートはお流れになったようだ……うふふ、いい気味だわ!

「やっぱし、おまえみたいなツン子の方がええわ」

 そういってため息を吐いた。なぜか、男は横を向いて横顔しかこちらに見せない。

 どこか不自然だ! 私は起き上がり、男の顔をグイッと両手でこっちに回したら……。

 なんとっ! チャラ男の左の頬には引っ掻かれた傷がキッチリ三本ついていた。人差し指・中指・薬指の爪跡が……。

 プッと噴きだした。あっはっはっはっ……自分はお腹を抱えて大笑いだ。

「無慈悲なやっちゃ……」

 世にも情けない男の声が聴こえた。――それでも私の爆笑は止まらない。

 お陰で数日続いた微熱もふっ飛んだ。笑いが風邪のウィルスに打ち勝った瞬間がここにある!


『無慈悲な男に、無慈悲な罠を掛けて、無慈悲な制裁が下ったようだ』

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