第55話 病気⑦

二週間ぶりに桃花からメールが届いた。

午前中で窓からは太陽の光がリビングに差し込んでくる気持ちよい天気だ。

体調ももしかしたら天候と関係があるのかもしれないと、祐一は届いたメールを開きながら思ってみた。


『私ね、今までいっぱい悪いことをしてきたんだ。でも罰があたったとは思ってないよ。だって悪いことしていない人でも病気になることあるもの。たまたま。それでこんな体になって、私にできることって何だろうと考えたの。ドナーカードでしょ。募金でしょ。あとは何かあるかな?』


祐一はメールを読みながら涙の幕が眼球を覆っていくことを感じた。それをこぼさないように必死にこらえながらメールを打った。


『旦那様と一緒にいることじゃない? あとは今までお世話になった方にお礼の手紙を書くとか。別に大きなことをしようと思わないで、思いついた小さなことを形にしていくのがいいのかな』


『そっか。じゃあまずユウくんに感謝のメールを書かなくちゃだね。出会ってまだ日が浅いけどいろいろ話してくれてありがとう。こうしてちゃんと話せたのユウくんだけだった。みんな私がAV女優やっていたというと、すぐお金出すからやらせてと言ってくるの』


『まあ、僕もそんなに威張れた方じゃないけどね。体の結びつきよりも、桃花さんとの心の結びつきを大切にしたかったんだ。なーんちゃって。体の方は最近どうなの?』


『昨日も病院に行って検査だった。それでね、今までいっぱい薬を飲んできたんだけどあまり効果がなかったから手術を見据えて来週から入院だって。肺を移植するかも』


何と言っていいのか分からない。応援することすらいけないのではないかと考えてしまう。

祐一が返答に悩んでいるともう一通続けて桃花からメールが来た。


『移植ってリスクもあるんだ。確率は低くても拒絶反応とか感染症とか・・・ なんて、あまり暗い話をしてもしょうがないから、入院のことは触れないでね。そうそうAV出て毎日後悔していたけど、最近になってちょっとだけ良かったとも思っているんだよ。私にもしものことがあっても作品は半永久的に残るじゃん。日本中の多くの男性の記憶に私が存在し続けられるんだよ。最後だからユウくんにも私の作品見てほしいな。見てくれる?』


少しの葛藤があった。

作品を見なくても桃花のことは忘れないとかっこつけたい想い。

単純な好奇心。

見ることで感情移入が強くなることの恐怖。

一瞬のうちにそれらの考えが同時に襲ってきた。でももっと大きな決断がそれらを打ち破った。


『桃花さんの作品見たい。桃花さんの全てを知っておきたいから』


『ありがとう。ネットで桃野風花と検索すれば見つかるよ。感想聞きたいけど、恥ずかしいからいらない。それでね、入院にあたってたくさん準備したりすることがあるから、もうメールできなくなっちゃった。本当は手術が成功したらまたメールしたいところだけど、そうじゃない場合はメールできないわけじゃん。そんな悲しい思いをユウくんにさせたくないし。それでね、一方的で悪いんだけどこれで最後にするね。ユウくん寂しい? これからは私の作品を見て楽しんでね。じゃあね』


数えきれないほどのメル友が出来た。

そのほとんどが一方的に嫌われたり、音信不通になった。

今回の桃花も突然終わりを告げられた。

ただ今までのものとは違って、悪い気はしなかった。


祐一は早速パソコンで桃野風花を検索してみた。

無数の検索結果が出る。あらためて彼女の凄さが理解できた。

以前自分の名前を検索してみたことがあったが、数件しかヒットせず、全部が同姓同名の別人のものであった。

桃野風花動画とタイトルにあったものをクリックした。

裸の女性が誘惑するようなたくさんの広告が登場し、画面を下げていくと彼女の動画が貼り付けられていた。

再生ボタンを押す動作に胸の高鳴りを感じる。

ラブレターの返事を貰ったときのような、緊張と興奮が入り混じったものだ。


数秒の後、画面いっぱいに女性が写った。

ベッドの上に座ってカメラ目線でインタビューに答えている。

肩の下付近まである長い髪は下の方にウエーブがかかっており、輪郭が髪に隠れてより細く感じる。

派手な姿を想像していたが、その想像とはかけ離れた普通の女の子だ。切れ長の目の上にちょっと濃いアイシャドーを塗っている。

「わたし大きくなったら保母さんになりたかったんだ」

画面の中で多少硬直した様子で答えている女性。

間違いない、彼女が桃花だ。

普段であれば飛ばしてしまう冒頭シーンを、少しも見逃すまいと食い入るように見つめた。

どちらかといえば行為に入る前の会話のシーンだけを見ていたいくらいだ。


動画は二十分程あった。

最後息を乱している桃花のアップで映像は終わった。

もちろん営業スマイルであろうが、仕事をやりきった後の満足感あふれる自然な笑顔にも思えた。

頑張ったねと心の中で応援した。

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