第53話 病気⑤

桃花と話すようになって数か月たつ頃には一日一通だけとなったり、数日空くことも多くなってきた。

メールの内容から病気が悪化していることがうかがえる。

祐一は桃花のために何もできないもどかしさを感じる。

以前輸血くらいなら役にたてるかもと血液型を聞いたことがあったが同じ型ではなかった。

私のためよりも、献血ルームとかに行って、まだ助かる命を救ってあげてとお願いされたしまった。


『ちょっと聞きたかったんだけど、ユウくんはどうして離婚しちゃったの?』


話の中で桃花に質問された。

この日は調子が良いらしく何回かメール交換ができた。

不倫したことを言うべきか迷う。でも理由の根っこの部分は、不倫そのものよりも、そうしてしまった過程にあると思われた。


『奥さんはすごく素敵な女性だったんだけど、どうしてだろうな。素敵だから結婚したからかな。完璧すぎて不完全な自分にはどこか負い目があったとか。自分がいなくてもしっかりやれるだろうから必要のなさを感じてしまったような。なんて分かりにくいよね』


『うーん。難しいけどなんか分かる気がする。もし私が完璧だったらもっと素敵な男性と結婚できたけど、今の夫くんには好かれていなかったみたいな感じでしょ。病気は置いておくとしても、夫くんと過ごせてとっても幸せだから、完璧じゃない私だから完璧だったみたいな』


上手く説明できない気持ちを理解してくれた桃花はすごいと思った。

嫌なこともいっぱい経験してきたからこそ弱い部分も分かるのかもしれない。

ふと社長をしているアリサだったら、完璧なら何も問題ないじゃないと言われてしまうのではないかなと、顔も知らない女性の口ぶりを想像してしまった。


『うん。多分桃花さんの言う通りのような気がする。自分でもまとめられなかったけど、もっと一緒に失敗したり、喧嘩したりしながら仲良く過ごせるような相手を求めていたんだろうな。晩餐会の食事より、汚いけど上手いラーメン屋さんがいいみたいな』


祐一も最後の文章は桃花の真似をして、少し冗談めいた書き方をしてみた。


『あはは。私も近所の中華料理屋で出る餃子定食が最強に美味しいと思っているもん。超汚くてテーブルとか拭いても拭いてもべたべたしているの。もしかしたら私とユウくんの方が相性合ったかもね。そうだ、もし私が独身のままで今こうして出会っていたとして、結婚してと言ったら、ユウくんはオーケーしてくれる? 本音で答えていいからね』


桃花のこの質問は今までたくさんメールしてきた中で一番深く考えさせるものであろう。祐一の頭の中でいろいろな状況を作りだしてみた。


『すごい質問だね。うーんと、本気で考えてみたんだけど、結論から言えばOKするかな。もちろんいろいろな壁を二人で乗り越えていった上でだろうけど』


『へえー。もとAV女優でもいいんだ?』


『そう、そこが超考えちゃった。いっぱい嫉妬することも多いだろうし。世間からの風当たりもあるのが現実だろうからね。でね、よく分からなくなったから自分の気持ちに素直になって、好きなら結婚したいという単純な結論にいきついてみた。旦那様はその点は悩まなかったの?』


『うーん、あまり正直には話してくれないんだけど、前に酔っぱらったときに言っていたことがあったの。それはね「俺もAV男優になっておけばよかったな」だったんだよ。よくその過去があるから今のあなたがいるみたいなこと言うじゃん。実際そうなんだろうけど、なんか言い訳くさくてね。夫くんみたいに言ってくれた人初めてで、絶対この人を手放さないと思ったんだ。よく考えてみたら意味不明なんだけど、そのときの雰囲気とかで言葉以上の重い何かを感じちゃってさ』


祐一は桃花の夫の器の大きさに感心するとともに、心の片隅で小さな嫉妬が芽生えた。

先程は桃花と結婚することをOKすると言ってはみたが、実際その状況に置かれたら、やはり駄目だと逃げ出すかもしれない。

自分にはできなさそうなことを実践している彼に敗北感を感じたからだ。だからこそ、それくらい素敵な男性と結婚できたことが良かったと素直に思える。


そんな嫉妬心も手伝ってか色々考え込むことが多くなってきた。

今まで話してきた中で、多くの悩みを抱えている人がたくさんいた。

自分には何ができるのであろうか。このままでいいのであろうか。もっと頑張って困っている人を助けていくことをしたい。

だだっ広い空間の中に現れた思考の大渦の中に絡め取られているような気がしてきた。

祐一は今の自分にできることとして、本棚から昔勉強した参考書を取り出した。

何ができるか分からないが、何か進んでいくために勉強をしようを思ったからだ。

離婚したことで、仕事をしているとき以外はたくさんの時間を使うことができる。

健康な僕にはまだ相当数の時間が残っているのだから。

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