第52話 病気④
なんだか桃花がすごい人のように思えてしまって変な緊張をした。
なんて言ったらいいのであろう。教えてくれたということは色々聞いてもいいということなのだろうか。
もう一度桃花のメールを読み直す。
後半は冗談っぽく書かれているから、後悔とか汚点という認識はそこまで強くはないと思えた。
もしかしたらそんな過去を話せる相手が欲しくてメル友を探したのかもしれない。
いくら明るい桃花といえども、日常生活で会う人にそんなことを言ったら色眼鏡で見られたり、嫌な扱いもたくさんされることは知っているはずだから。
『ものの見事にびっくりした。しかも悪さしちゃうところまで当てられたみたい。あの・・・ そのお仕事について聞いても大丈夫?』
『大丈夫だよ。後悔してないわけじゃないけど、必死に隠すものでもないし。仕事的には楽しい事もいっぱいだったんだよね』
メールだから桃花の表情は分からないが、きっと笑顔でいるように思えた。ただそれが満面のものでないことは分かる。
『お仕事始めたきっかけは何だったの?』
『えっとね。街歩いていたら知らないおじさんに声かけられて、ビデオの仕事だけどやってみないみたいな感じだった。とりあえず話を聞くだけでもと事務所までついていったら、どんどん話が進んでいて、書類を書いて、裸になって写真を撮られていた。そしてしばらくしたらマネージャーと一緒に面接を受けにいくことになってね。ちゃんとOKしたわけではないけど、当時はお金が欲しかったし、断らなくていいかみたいな感じかな』
祐一はネットのすごいところを改めて感じた。
こんな話を聞ける機会なんてネットがなければできなかったであろう。
もう少し色々聞いてみたい気持ちはあるが、あまり質問攻めにすると嫌気が差されてしまいそうなので止めておいた。
『そっか・・・たくさん苦労もあったんだろうね。ところで今はお家にいるときはどうやって過ごすことが多いの?』
祐一は話を変えてみた。
きっと他の人だったらもっとたくさんのAV業界について質問したであろう。自分はそこを聞かないことで差別化を図りたいという思いもあった。
『苦労ありまくりだったよ。警察に捕まったこともあったし。今はそんな生活とは正反対で、超のんびり過ごしているよ。病院に行くとき以外は、家の中で寝ていたりが多いかな。調子が良いときは、すごくゆっくりとだけどお買い物にも行くよ』
『えっ。警察に捕まったって何したの? とりあえず今は違う生活みたいで、そこの部分は安心だけど』
『あっ、捕まったといってもAVの仕事ではなくて、仕事する前の話だけどね。元彼の影響で麻薬をやっていたことがあってさ。軽めのやつだったんだけど、それでも中毒になって、借金してまで買うようになっちゃって。このままではやばいと思って自首したというわけ。それでしばらく拘留されたよ』
祐一が今まで会ってきた人とまったく違う人生を歩んできた。
その自由気ままとも思える生活を、病気が一瞬で変えてしまった。健康でいられるだけで本当に感謝すべきだ。
それから桃花と毎日メールをする状況が続いた。
彼女はとても早起きで朝の5時過ぎくらいにメールがくる。
日中はお昼寝しているということもあって、ほとんどメールをすることはなく、夕方過ぎると返信がある。
話す内容はテレビ番組のこととか天気のことが多い。
今までのように頼られるようなことや恋愛に発展することもなく、入院で暇をしている人の前に座って、ただその日に起きたことを話しているだけのような感じだ。
たまに桃花の過去の話にもなったりする。
夫の家に桃花が押しかけて、そのまま居つくような形となった。
夫は嫌がることもしないが、桃花を好きになっている様子もなかった。
そのまま二年たったある日、寝ている夫の上に馬乗りになり、桃花から結婚するのか迫ったそうだ。
『こんな私と結婚してくれるできた男なんてそうそういないからさ。これを逃すわけにはいかないと、ちょっと強引に結婚しちゃった』
桃花は明るい調子でそう教えてくれた。
今は何でも笑い話のようにいろいろ聞かせてくれるがそうなるまでには落ち込むこともたくさんあったであろう。
強い人間ではなく、強くならざるを得なかったはずだ。
『そうそう。撮影ではどんな卑猥なことでも平気で言ったり、おねだりしていたんだけど、私生活では恥ずかしくて、いやらしいことを言えないんだよね。変でしょう?』
桃花のメールに、それは本当に好きな相手だからというのもあるのだろうねと祐一は心の中で思った。
しかしそれを桃花に伝えることはしなかった。きっと本人も潜在的に知っていると思えたし、いちいち解説するのも野暮というものだ。
『桃花さんは旦那様のことが好きなんだね』とだけ送っておいた。
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