第51話 病気③

桃花の病気というのは肺高血圧症という心臓病の一種だと教えてくれた。

動くと息切れが酷く、歩くのもゆっくりとなってしまうそうだ。

そのため基本的には家の中での生活で、出かけるのは病院の検診だけとなってしまう。


募集記事に書かれていた通り、そんな体でも病院に行く途中にある育児施設にお菓子を持って行ったり、子供に絵本を読んだりすることを行っていた。

里親募金も定期的に行っている。

子供好きだといってもなかなかそこまでできるものではない。もしかしたら自分の命の変わりに、他の命を大切にしたいという思いがあるのかもしれないと祐一は思った。


ビジネスホテルの一室で桃花と数回にわたるメールのやりとりでそこまで分かった。最後のメールは深夜となってしまい、そこで今日は終わりとなった。

ここのホテルは大浴場が深夜の三時までやっているとのことである。

少し頭を整理するためにも大浴場でのんびりしたい。祐一はタオルと鍵を持つと部屋を出た。


翌朝の朝食はバイキングスタイルであり、食堂では様々な食材が迎えてくれた。

朝風呂にも入って少し火照った体のままの食事だ。

卵焼きや鯵の開きといった定番のものの他にも、鍋やソバなど朝食とは思えないほどの品数の料理が並べられていた。

祐一は昨日から桃花のことばかり考えている。

彼女はこんな料理も食べることはできないのだろうかとか、お風呂に入ったら心臓には良くないのではないであろうかとか。

桃花に比べると自分はとても恵まれていることを痛感させられる。

彼女のように病気を患っていたり、健康な体ではない人が大勢いるということは頭では分かっているのだが、どうしても自分より良い状況と比べてしまい落ち込んでしまう。

「まだまだだな」

祐一は誰にも聞こえないようにつぶやいた。それは声に出すことで自分を奮いたたせる意味も込めてみた。


ビジネスホテルを後にしたのはチェックアウトぎりぎりの十時である。

ロビーから外に出ると、青空を背景に強烈な光が祐一に降り注ぐ。一瞬目を細めてその光を防いだが、空全体から力をもらうかのように両手を頭上に大きく広げて体を伸ばした。


桃花は祐一に子供がいることが分かると、どんなことをして遊んだのかとか、成長過程の様子をいろいろ聞いてきた。

特に運動会や旅行での様子など無邪気に遊ぶ様子を話すとすごい興味を示した。

基本的に感情表現が豊かな素直な性格なのであろう。

病気のことにどこまで触れていいのか分からないので、桃花が話題に出してきたときだけ少しずつ様子を聞けていった。

そのこと以外は桃花の気さくな雰囲気ですごく自然体に会話ができる。敬語を使うと怒るので、それも使わずに話している。


『旦那様は何の仕事をしているの?』


『飲食店を経営しているよ。社長すごいでしょ。私が働かないで楽させてもらっているのも夫くんのおかげなんだ』


『社長さんと知り合えるなんてすごいね。どうやって出会ったの?』


『夫くんが入院したことがあってね。キャバクラで働いている友人に付き添ってお見舞いに行ったのがきっかけ。そこで私が気に入られちゃって。お小遣いもくれるということでいろいろお見舞いの品物を届けに行ったりとか。当時私も時間がいっぱいあったしね』


キャバクラで働いている友人がいるということが妙に納得できた。

桃花は派手な雰囲気がメールからでも伝わってくる。最初は色白でやせ細ってベッドの上で本ばかりを読んでいるような華奢な女性をイメージしていたが、どうやら病気になる前の桃花はそれとは真逆の生活だったらしい。


『そんな出会いもあるんだね。持つべきは友人かな。もしかして桃花さんもキャバクラで働いたことがあるとか?』


失礼に当たりそうな質問なので返信がくるまで少しドキドキがある。

しかし数分後に届いた時間の短さから怒っていないだろうことが予測できて安心できた。


『キャバクラはないよ。他はあるけど・・・』


少し意味深な内容だ。

祐一はがっつきたい感情を抑えて、あくまで平静を装いながら文字を打ち込んでいった。


『そういえば桃花さんって以前は何のお仕事をしていたの? 他ってなんだろう?』


もしかしたら焦らされて、この後数回メールのやりとりをしないと教えてくれないであろうことを覚悟した。

しかし桃花はその予想を裏切り、あっけなく教えてくれた。


『私は以前AV女優だったんだ。びっくりした? もちろんそんなに有名じゃなかったけどね。あっ、作品は教えないよ。ネットで検索したら見つかるから。そうしたらユウくん私を見て悪さしちゃうでしょ』


びっくりしたと祐一は心の中で言ってしまった。

出演経験がある人というのは学校に一人くらいの割合だと聞いたことがある。それはすごい高い確率で、繁華街で視界に入る人混みの中に一人はAV女優であると言えるであろう。

しかし本当にそうであっても実際に出演した人と話せる機会があるとは思っていなかった。

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