第50話 病気②

しばらくメル友を探す気も起きない。

それどころか携帯電話やパソコンとも距離をおきたくなり、仕事以外では布団の上に寝転がって、無音の状態に身をおいていた。


一週間も仕事帰りにスーパーで買ったお弁当だけという生活を続けていると、さすがに何かしようという気が出てくる。

美味しいものが食べたい、どこか出かけてみたい。

熟睡とは言えない睡眠から目覚めた祐一は、枕元にある時計を首だけ傾けて確認した。

時刻は十時を過ぎたばかりである。窓から差し込んでくる光の量から、今日は良いお天気であることが想像できる。

祐一は勢いをつけて起き上がると、その勢いのまま出かける身支度を始めた。

そして財布の中にお金を補充すると、特に目的地を決めないまま出かけることにした。


地元の駅まで歩いていき、そこから電車に乗り、途中で乗ったことのない路線に乗り換えてみた。

車窓からの景色は全てが新鮮で、林立するマンション群ですら興味の対象となる。

こんな地域でも人は住んでいるのだなと失礼なことを考えてしまう。

ここから都内に出るにはどうやって通うのだろう。ほとんどの人が近所のお店で働いているのだろうかといった、本気ではないが、つい思ってしまう不謹慎な考えはどんどん加速していった。

そんなことを考えているうちに、ふと次の駅で降りようと思った。

まったく知らない駅で、好きな方角に歩くことができる。

先程まで都会から離れている地域を無意識にばかにしてしまっていたが、実際歩いてみると大きな建物もお店もたくさんあり、往来する人数も祐一が住んでいる場所より多く、この土地のすばらしさを感じさせられた。

偶然目に入った中華料理屋で食事をして、歩いている途中で見つけた洋服店で上着を買ってみた。

数十人のメル友から必要とされなくなって自信を失いかけていた心のひび割れが、少し修復されたような気がした。


このまま家に戻るのが少し面倒に感じられたので、駅前にあるビジネスホテルに入った。

正面玄関は大理石で飾られ、ロビーは小さいながらも二階部分まで吹き抜けとなっているお洒落な造りだ。

三十代後半の女性が一人、フロントに立っている。髪を後ろで一つにまとめ、紺色の制服に身を包んでいる、見るからにホテルの従業員という風貌であった。

空き室があるかその女性に尋ねると、ご用意できます返答がもらえた。

どこか満室を期待して、それならば仕方がないから帰ろうかという思いがあったのだが、今更後にはひけず、そのまま泊まることを希望した。


シングルの部屋に通されると、一人暮らしを始めたばかりの頃を思い出す。

あの時も何もなかったなと現在の状況とシンクロした。

ベッドに寝転がりながら手足をいっぱいに伸ばして疲れた体をほぐした。

部屋の中には小さな机とテレビとベッドがあるシンプルな造りだ。壁紙と同系統でまとめられたカーテンは閉められており窓からの景色は見えない。

祐一は寝転がった体制のままテレビ横にあるお知らせを見た。そこにはパソコンの貸出を行われていることが書かれていた。

一ヶ月以上放置してきたメル友サイトはどうなっているか少し興味が出てきた。


サイトに接続すると最後にメールしたままの状況で止まっている。

アリサからの返信メールも、夏姫からのメールも残っていた。他にも数件、話が続かなかった相手からのメールも残っている。

メールを書いている間に、他の人からメールが来て、返事に追われている一時の状況が懐かしい。

特に誰かと話そうという気分にはならなかったが、何気なくメル友募集の掲示板を眺めた。

桃花はその中にいた。

募集コメントが祐一の目に留まった。


『病気をしており、あまり外に出られません。それでもいいという方お返事下さい。子供が好きなのですが、こんな体なので作るわけにいきません。調子がいいときは近所の施設に行って、子供達と遊んであげています』


今まで複数の人にメールを送って、その中で一人でも返信がもらえれば良いというやり方であったが、今回はこの桃花という人だけにメールを送ってみた。

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