第44話 脅迫⑦

麻衣子がレイジと食事する約束の時間、祐一はロビーに一人で座っていた。

三階まで吹き抜けになっている高い天井の中央には大きなシャンデリアが飾られており、その下にソファーが置いてある。

祐一の周りにはたくさんの人々がいる。

宿泊手続きをとるためにカウンター前にいる家族連れ。併設されたレストランへ向かう人。そして自分と同じようにロビーのソファーに座っている人。

その一人一人を祐一は視線が合わないようにしながらも目で追っていた。


麻衣子と思われる女性が入口の扉から入ってきた。

Tシャツの上にだぼだぼした生地の服を重ね着した上半身、下半身は薄茶色のチノパンを履いている。色気のない格好だ。


祐一がホテルにいることを麻衣子は知らない。

メールのやりとりで場所と時間を聞いたので勝手に祐一が待ち伏せしているだけであった。

素直に遠くから見張っていようかと提案してもよかったのだが断られるような気がした。

警戒もあるし遠慮もあるであろう。

それに日時を教えたということが暗黙の了解のようにも思えたので、無粋な質問はあえてしないでおいた。


やがてその色気のない女性は長身の黒ずくめの男に話しかけられレストランに向かった。

ロビーからはレストラン内の様子は見ることはできない。

祐一はレストランの入口とホテルの入口の両方が見られるソファーに移動した。


待っている間携帯電話を取りだし、過去のメール内容を見ながら麻衣子の特徴を確認した。

教えてもらった身長や髪型や体型など先程の女性と一致している。麻衣子で間違いないであろう。

中の様子が気になるので何気なく入口の前を通り過ぎがてら中をのぞき見るが、二人の姿はそこからは確認できなかった。

自分も飲み物を利用することで入ろうかとも思ったが、目立つかもしれないのでそこは我慢した。


一時間もたたずにレイジと麻衣子はレストランの出口に姿を現した。

仲良しという雰囲気ではないが、レイジが距離を詰めており、麻衣子も嫌がる様子がなくただ下を向いている。

断るのではなかったのか。祐一の頭の中で色々な疑問が渦巻いてきた。


二人はロビーを通り過ぎ、そのまま客室へ向かうエレベーターに乗り込んだ。

会ってみたらレイジのことが好印象になったとは思いにくい。

そうなると脅しに屈したのかもしれない。

追いかけたとしても部屋番号も分からないし、ややこしくなるだけであろう。

どうすればいいのだ。

祐一は手のひらが汗ばんでくるのを感じた。

二人の間でどういうやりとりが行われたのかは分からない。

最終的には麻衣子が判断したのだからどうすることもできない。ただ自暴自棄のようなものになっていないかが問題だ。

祐一は携帯電話を取り出すと短く文章を打ちこんだ。



ホテルを出て一時間が過ぎた頃、祐一はとある三階建てのマンションの前にいた。

あれからレイジの後をつけてきてこの場所にたどり着いた。

オレンジのレンガを基調とした造りは立派に感じられ、これが十階建てとかであったら高級マンションと言われるであろう。

小型のエレベーターはあるが、オートロックはない。

建物の外側からレイジが入った部屋を確認すると窓の方側に回り込み、しばらく様子を伺った。出てくる様子も感じられず、そこが住まいで間違いないであろう。

郵便受けから苗字は三浦であることが分かった。

レイジが本名かはまだ分からない。犯罪に当てはまりそうでどきどきしながらも、近隣のポストにある郵便物から住所も判別できた。


さてここからどうするか考えなくてはいけない。

今のところはレイジの真似をして尾行をしてみただけだ。

ここからどこまで調べられるかが今回の事態を打開する鍵になってくる。

弱みが見つからなくても大丈夫なはずだ。

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