第40話 脅迫③
祐一のもとに麻衣子からメールが届いたのは、レイジと遊びに行くと言っていた日から一週間後のことであった。
二日くらいだったらたまに空くこともあったが、こんなに長く空いたことは初めてである。
病気をしたのかなとも思っていたが、レイジと盛り上がって他のメル友は切られたかもという被害妄想もあって、こちらからメールはしないでいた。
それでもあと数日メールが来なかったら、遊びにいった感想を聞くという建前で様子を伺うメールを送ろうと思っていたが。
麻衣子から一週間ぶりに届いたメールを開くと、その深刻な内容に祐一は身をこわばらせた。
『本当はメールをするのを止めようと思ったのですが、誰にも話せなくて連絡させていただきました。精神的に参っています。実はレイジさんに後をつけられていたみたいで、私の家の場所が知られてしまいました。そして夫の会社や子供の学校まで分かられてしまっています。そのこと以外は特に何も言ってこないので、問題はないのかもしれませんが、怖くなって。最初は返信をしなかったのですが、そうしたら次から次と色々と調べられた結果を話してきました。止めて欲しいと言うと、普通の友達は麻衣子さんの家や名前を知っているのは当然でしょ? 僕も友達ですから、今まで通りよろしくお願いしますと来ました。無視し続けて変に刺激してはまずいですし、私はどうしたらいいのでしょう?』
祐一は、つい自分と同じ尺度で考えていたことを後悔した。
確かに相手のことを知りたいという気持ちは人間にはあるだろう。それは同級生や合コンで知り合った相手であっても同じことだ。
ただそれを相手の同意を得ずにやることはルール違反だ。誰しもルールは守るであろうと思いこんでいた。
もっともその危険性に気付けたところで、麻衣子に指摘することはできなかったであろうが。
自分がそんなことをする奴だと不信感を持たれてしまうし、嫉妬からくる過剰な警戒だと思われたであろうから。
とりあえずレイジの目的を把握することが重要だ。
単純に知識が増えて話の幅が広がっただけと考えるのは、尾行をするような男に対して楽観的すぎると思われる。
『そのレイジという人は、そのことで何か言ってきたのですか?』
『いえ、普段通りの日常会話です。ただまた近いうちに会いましょうと』
『会うことについて何て返事をしたのでしょうか?』
『時間がとれたらと、会うことは濁しておきました。先程言っていませんでしたが、集合場所に彼は来なかったのです。仕事が入ったとドタキャンメールが来て。きっと洋服とか特徴を嘘ついてその場にいたんです。最初から計画的に私の後をつけるために』
祐一の頭の中でいろいろな可能性を考える。なぜ麻衣子の家を突き止めようとしたのか。
まず考えられるのは、好きになったから麻衣子のことをもっと知りたいというものであろう。
でもそんなことをしたら嫌われるのは分かっている。それすらも分からない馬鹿の可能性もあるが。
ふと、祐一の頭の中に一つの可能性が思いついた。
確認のため麻衣子にメールをする。
『ちょっと聞きにくいのですが、もしかして麻衣子さんが不倫をした話はレイジも知っているのでしょうか?』
『はい。ユウさんと同じように話したと思います。その時は後ろめたい気持ちを察してくれるような優しい反応だったと思います』
間違いであってほしいと願っていた可能性がさらに確信に近づいてくる。
雪子とサトルの不倫のときも祐一の想像通りの展開となった。
自惚れるわけにはいかないが、思いついた可能性が当たっていることも十分ありえると思った。
『あくまでも可能性の一つなのですが。レイジはそのことでいろいろな要求をしてくることも考えられると思いました。それが金銭だったり、もしかして同様のことを自分にもだったり・・・』
麻衣子もこの意味を察したようだ。
可能性の一つとは言ってみたものの、これから要求されるかもしれないことに恐怖を感じずにはいられない。
『そんな。自分が悪いのは分かっていますが、子供のこともありますからばらされたら困ります。どうすればいいと思いますか? 要求に従うしかないのでしょうか?』
麻衣子からの返信の速さが不安感を物語っているようであった。
『絶対に要求に答えてはいけません。それで解決とはならずエスカレートするだけです。少しきついかもしれませんが、覚悟が必要かもしれません』
『そうですよね。でもずっと主婦をやっていた私が働けるところなんて簡単に見つからないですし、子供を失うのだけは絶対嫌なんです』
『とりあえず、そうと決まったわけではないですので、相手の出方を見る方が良さそうです』
『でも会うのを先延ばししすぎたら、直接近所まで来そうですし、会って変なことを要求されたら、どう断ったらいいのか分かりません』
祐一の頭の中でいろいろな可能性を考え、その対処法をそれぞれ検討していった。
しかし最終的には手詰まりになってしまう。
ばらされもせず、子供も失わずということを両立させることができなそうだからだ。安直に考えるのであれば、麻衣子の夫が不倫の過去を許してくれて円満解決ということができるが、それは結果論としてたまたまそうなったら良かったというものであって、可能性はかなり低い。
現実的なところでは、要求を拒否したことで不倫がばらされて離婚してといったところであろう。
ふと、それですら安直なのかもしれないと思えた。
相手は尾行を実行にうつすような姑息な男だ。開き直られるのも計算の上で、それをさせない方法を取ってくるかもしない。
真綿で首を絞めるように、麻衣子を精神的にじわじわと追い込んでいくような。
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