第38話 脅迫①

麻衣子は普通の主婦である。

子供も男の子が一人おり、年齢も祐一と同い年。

メール内容も恋愛のような雰囲気になることはなく、世間話や夫のちょっとした不満などがほとんどであった。


祐一と麻衣子は会ったりすることもなく一年以上メル友として続いている。盛り上がることがない分、冷めることもないといったところだ。

メールをする頻度も一日二回あれば多いほうだ。

一日一回、もしくは二日に一回であった。長く続いている分、頻度は多くなくてもいろいろ大っぴらには言えないような話も聞くことができた。


麻衣子には一つだけ誰にも言っていない秘密があった。

それは不倫経験があるということである。

不倫をしたことは夫には知られていないので問題が発生したわけではない。その相手と別れて数年たっているので罪悪感も薄れてきている。それでも抱えている重さを誰かに話すことで、麻衣子の気持ちは少し軽くなった。


専業主婦の麻衣子は息子と夫の朝食の用意から始まって、家事をこなしていき、小学校からの息子の帰宅と、夕方過ぎに帰ってくる夫を迎えて一日が終わる毎日を過ごしている。

たまに主婦仲間でランチに出かけたりすることはあるが、そんな日々の繰り返しは、いまいち人生に潤いを感じなくなっていた。

不倫をしてしまったのもその延長であろう。そしてメル友とやりとりをするのも同様の理由だ。


麻衣子には三人のメル友がいる。

独身の会社員レイジ、既婚者で自営業のタクト、そして同い年で話も合うユウだ。

祐一も複数のメル友と同時に交流をしていたが、相手にも自分以外のメル友がいることが分かると、ほんのわずかではあるが嫉妬心を持ってしまうことを感じる。

本当は夫や男友達の方がもっと嫉妬しなくてはいけない存在なのであろうが、そこよりも同じ土俵のメル友の方に感じるとは、人間の精神の複雑さについて考えさせられる。

もしかしたら人間が嫉妬するのは相手に対してよりも、同じカテゴリーで一番になれないことについてなのかもしれない。

例えば芸能人を目指している人は、現在第一線のテレビで活躍している人よりも、エキストラの仕事をもらえた同期のことの方が羨ましく感じるものであろうから。


あまり気にしていない素振りをしつつも、他のメル友について聞くこともある。そんなやりとりの中で、今度麻衣子はレイジと遊ぶ約束をしたことを聞いた。


『来週、レイジさんとランチをすることになりました。相手が既婚者だと奥様に悪い気がして罪悪感を持ってしまいますが、独身だからいいかなと思って。でも初めて会うから少し緊張しますね。嫌われるかなとか、相手が良い人だったらいいなとか色々考えてしまいます。ユウさんは今までメル友と会ったことはありますか?』


さりげなく祐一は既婚者だから会うことはしなかったというフォローを入れてきてくれた。

心遣いをしてくれたことには感謝できるが、裏の気持ちとして、あなたは誘ってこないでねという思いも読み取れる気がする。


『前に一回ありますよ。といってもカラオケに一緒に行ったら気まずい空気になって嫌われてしまいましたけどね。やはり初めて会った人とカラオケは失敗でした。確かに待ち合わせのときとか少し緊張しますね』


リコのことを告げて、ヒナのことには触れないようにした。

麻衣子も不倫経験を話してくれたのだから、祐一も同様の経験があることを言っても嫌われることはないと思うが、言わないに越したことはない。


『失敗しちゃったのですね。私もそうなるのかな? それはそれでかまわないのですが、あまり良い気はしないですよね』


はたしてメル友を探している男性のどのくらいが遊び目的なのだろうか。

レイジとも一年くらいメル友だというので、あからさまな遊び目的ではないであろう。

それでも都合のよいことを期待してしまうのが男というものだ。相手は純粋に友達になろうとしているわけではない可能性が高いから、会うのは止めた方がいいとアドバイスしたいところである。

しかし同じ穴のむじなとして何も言うことはできなかった。

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