第36話 不倫⑨
ヒナと別れなければいけない。
ただ今別れると体目当てで飽きたからと思われ、彼女を傷つけることになる。もう十分傷つけているだろうが、それとは違う分野での内容だ。
漠然とそんなことを考えつつ数か月が過ぎた。
既婚者である祐一と付き合えないヒナは他にもメル友と交流を持ち、今度その男性と遊ぶ約束をしたことを会話の中から聞くことができた。
嫉妬しないわけではないが、止めてほしいというわけにはいかない。ヒナにもちゃんとした彼氏ができることを喜ばなくてはいけないのだから。
ただそれと同時に優越感もある。
その男は不純なことを考えていないわけではないはずだ。そのことを求めている相手は今は自分の腕の中にいるのだから。
「もしかしたら付き合っちゃうかも?」
ヒナの気持ちを探る意味も込めて聞いてみた。
「そうだね」
ヒナは短く答えた。
「おっ。じゃあ、今度、会ったときのお話聞かせてね」
「やったかどうかですか?」
「えっ、いきなりその可能性もあるの?」
祐一は少し大げさにびっくりすると、ヒナは分からないですよとくすくす笑いながら答えた。
探るつもりがどうやらヒナに気持ちを探られたらしい。
「もし付き合うことになったら、会うのを我慢しなくちゃいけないね」
祐一のこの台詞にはちょうど良い潮時だという思いも詰まった伏線としてのものであった。
「そうなんだ?」
それに対するヒナの返答に同調がなかったことが、自分勝手ではあるが少し嬉しく感じられた。
ヒナが他のメル友と遊んだ日の夜に彼女からメールが来た。
『会ってきましたよ。食事をして、お酒を飲んで帰ってきました。心配しましたか?』
正直ほっとしていることを祐一は実感した。
何か感想を言うと全てが嘘っぽくなってしまう。その為少し話題をずらした返信をした。
『おかえり。どんな男性だった? 心配は・・・しちゃいました』
祐一がメールを送るとすぐにヒナから返信があった。
彼氏になるかもしれない人とあった日の夜に他の人とメールをしていいのかと少し疑問を抱いたが、多分同時に二人としているのであろうと思ってみた。
『普通の方でした。心配したんですか。私に彼氏ができたら、もうエッチなことできないものね』
『もう。そっちの心配じゃないよ。そりゃあ、ちょっとは思ったけどね』
お互い冗談のオブラートに包みつつも本音を言い合えている。
体を重ねたことで恋人のような結びつきができているのは確かだ。ぬるま湯的で居心地がいい。
ただ次に届いたヒナのメールで一気に冷水に突き落とされた気分になった。
『でも来週に家に遊びに来ないかと誘われたよ』
『えー、いきなり。それってエッチな展開になるじゃん。それで何て答えたの?』
『分かったって言いました。悪い人じゃなかったし。断る理由がないので』
恋愛は会った回数ではないと分かっている。
しかし体目当てに思える男性にヒナが遊ばれて傷つくのを見ているだけというのは忍びない。
かといって彼氏でもない祐一が警告したり、行かせないように言える立場ではなかった。
『その男性のこと好き?』
『優しい人だったよ』
ヒナのメールの内容は回答になっていないが指摘することは止めておいた。それが彼女の好きにはなっていない気持ちを物語っていたから。
『そうか。彼氏ができちゃうのか。じゃあ、ここはおとなしく身を引かなくちゃだね』
ヒナのために何もできないもどかしさと、彼女との関係を断ち切る良い機会ということで別れを決意したメールを送った。
『彼氏ができたらいいんだけどね。そうしたらまた教えるね』
そのメールを最後に祐一は送ることを控えることにした。
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