第35話 不倫⑧
祐一は浮気をしてしまった。
このことは魔が差したわけでも気の迷いでもない。自らの決断でしたものだ。将来のことを覚悟する必要がある。
夕食を囲んでいるテーブルの正面にいる妻はいつもと変わらず優しい笑みを浮かべて、今日の自信作料理について話している。
隣に座っている息子はテレビに夢中になりながら、チーズが入ったハンバーグをほおばっている。
改めて美咲のことを見る。良い女性だ。
今でもヒナと美咲のどちらと付き合いたいと聞かれたら、迷うことなく美咲をとるであろう。
ヒナにも魅力を感じる部分はあるが、結婚したい女性とは思えなかった。
肉体関係を持ってしまった後に脳裏によぎったことは、不倫をすることになってしまうのだったら本気で好きになってしまった美女としたかったという、最低な考えだった。
実際の不倫の半数は、もしかしたらこういうものかもしれない。
どうしても好きになって気持ちを抑えきれずにというよりも、官能的な雰囲気に酔ってしまっただけという。
いろいろと考えながらの食事となりいまいち食欲がわいてこない。機械的に食べ物を口に入れているという感じになっている。
何か浮気がばれるような証拠は残していないか。もしかしたらヒナが家に連絡をしてきて関係を話してはいないか。
ないとは分かっていてもそんなことを考えてしまう。
「あれ。」
不意に美咲が発した言葉に、どきっとさせられる。
「なに?」
「この人って誰と結婚したんだっけ?」
美咲はテレビに映っているお笑い芸人を見ながら、思い出せないもどかしさを感じて聞いてきた。
何の変哲もない日常の会話なのだが、後ろめたいことがある祐一には妻の発する主語がない言葉に色々なことを想像してしまっていた。
この平和な日常を終わりにするケジメをつけなければいけないのだろう。
ただ、やはり勇気がいる。
少し時間が欲しい。
今、最低限自分がすべきことは、絶対浮気したことを分からせてはいけないというものであると考えた。
ヒナは性に対して開放的であり貪欲でもあった。
おとなしそうな印象からは想像できない。男性からの要求について変態的なものであってもほとんどのものを受け入れる。
祐一がヒナと再び会ったのはカラオケに出かけてから三日後のことであった。場所は最初から歓楽街にあるホテルである。
それからも何度も体を重ねた。
一度浮気をしてしまったら何度しても大差ないことだから。
ホテル内では本命の彼女にお願いできないような行為であっても、ヒナは喜んで受け入れてくれる。彼女自身は気持ちよくないであろうが、男性が喜んでくれることが嬉しいらしい。
薄暗くした室内には有線放送が流れている。枕元のチャンネルで切り替えた洋楽が、ベッドの上で消耗した体力を回復している二人を包み込んだ。
祐一は天井を見つめている。
全裸姿で隣にいるヒナは体を横に向け、もたれかかるようにして寝ている。
「気持ちよかった?」
ヒナの問いかけに祐一は素直に返事をして彼女の方を向いた。
まだ下半身は元気になれそうにないが、それでも彼女の柔らかい胸のふくらみを見ると触ってみたい衝動にかられてやさしく触れてみる。
「えっち」
ヒナの吐息まじりの言葉に興奮して祐一の体は少し反応した。
「ねえ」
ヒナは語りかけてきた。
祐一が反応して目を見てくれるのを確認すると言葉を続けた。
「私達の関係ってなんなのだろうね?」
とうとうこの質問が来てしまった。
祐一は言葉につまった。
「・・・なんなのだろうね」
祐一の頭の中に色々な台詞が瞬時に駆け巡った。
嘘をついてその気にさせる言葉。嘘はつかないまでも好きな気持ちはあるという言葉。でも何を言っても本音にはならないであろう。あやふやな言葉で逃げてしまった。
どんどん自分が最低な人になっていっている。
一度リセットして人生をやり直すべきだと思う反面、今の状況に甘えてしまっている。
既婚者のメル友とは大小の差こそあれ、すべてこの問題の狭間に気持ちがあるのではないか。
不倫するもっと前の段階の、誰かと話せたらと思った一番最初の時から。
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