第34話 不倫⑦

カラオケボックスに祐一とヒナはいる。


ヒナのことは住んでいる市や職業は知っているものの、名前や住所、家族や友達のことなど全く知らない。

ヒナにしてみても祐一のことは全く知らない。

そんな間柄の二人だ。


10分前まで隣にいたヒナは、今は座っている祐一に跨っている。手を背中に回し、しがみつくようにして体を上下に動かしていた。

ヒナの腰にはスカートが覆っているものの、その中は何もつけておらず、ズボンを半分下げた祐一の腰とつながっている。

防音が効いているとは思う場所であるが、堂々と行為をするわけにはいかないため、お互い会話はなく激しい息遣いだけが密室空間を支配した。

次第に口を大きく開けてキスをする二人は、その息づかいすら、くぐもったものとなる。


どんどん激しさを増すのと並行して、今日こんな展開になることをあえて予想しないようにしていたため、避妊具を持っていないことを考えなくてはいけなくなってくる。

どうしようか。ヒナに聞くべきなのか。

しかしせっかくの快楽に水を差してしまう。


「そろそろやばい」

祐一は絞り出すようにして告げた。

「このままでいいよ」

ヒナの悪魔のささやきが聞こえた。

今日は大丈夫な日ということであろうか。それとも無計画なままの発言であろうか。

「まずいよ」

そこからしばらくは会話はなく、ヒナの吐息だけが室内に響き渡った。

片手を口にあてて声を出さないようにしているが、それ自体が興奮材料になっているのかほとんど役にたっていない。


そろそろ限界になった祐一は上に乗っかっているヒナを持ち上げようとして腕に力を入れた。

その後はどうするか考えていない。とりあえずこのままではまずいというだけの行動だ。

そのことを察したヒナは少し物足りない表情を浮かべたが、自ら一旦立ち上がり祐一の下腹部に顔を持って行った。


結局、その後は何も歌わないままカラオケボックスを出た。

衣服の乱れを整え、抱き合うようにして時間を過ごした。様々な感情が祐一の頭の中で渦巻いている。

外に出た後は何事もなかったことを装うためなのか、特にいちゃつくこともなく歩き出した。何を話していいのか分からない。

「気持ちよかったです」

ヒナが発した一言に祐一の頭の中のもやもやが、すっとなくなっていく気がした。

今更後悔したって仕方がない。

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