第31話 不倫④
映画自体は普通の内容であったが、二時間の上映時間が長く感じなかったので悪くはない作品といえた。
ヒナと会話し続けなくてもよい適度な空間もプラスに働いた。映画館を出てから、この後どうするか尋ねた。
「別にどこに行ってもいいよ」
ヒナの台詞に、祐一は「やっぱりこれじゃないと」と思った。
リコのときは理由があったにせよ、用事を済ませたからすぐに帰ろうという姿勢が感じられた。ヒナとは相性が合うようだ。
デパート内の最上階あるレストランに入った。
最近のデパートのレストラン街はそのフロアだけ別な雰囲気にしたお洒落なものになっている。
石畳や小さな噴水を備えた通路もあり、古都を歩いてたどり着くような料亭の様相を呈している。
窓際の席からは十階から見下ろす新宿の街並みが綺麗に写っていた。
「いい感じのお店だね。さて、何食べよっかな」
出会ったばかりの緊張も大分取れて、友達同士で食事をしにきた気楽さがある。ヒナもメニューをひろげて、美味しそうな料理の数々を眺めている。
一応デートではあるので、あまりかっこ悪いところは見せたくないという思いもあり、食べやすいハンバーグ定食を頼んだ。
ヒナはドリアを注文した。
料理が到着するまで時間があるので、メールで話していた内容のことをもう少し深く聞いてみたくなる。
「そういえば、中二の頃に初めて彼氏ができたんでしょ。デートってどんなことしたの?」
「えっ、普通に一緒に帰ったり、遊びに出かけたりだよ」
「キスとかもした?」
「したよ」
祐一は過激な内容にも切り込んでみる。これが職場の同僚とかとデートだったら、いきなりここまでは聞かないであろう。
今までメールだからこそ少しエッチなことも話せてきたということもある。
ただそれよりも、やはりお互い相手の素性を知らないからこそ、どこかゲーム感覚のようになっているというのが大きかった。もし変なこと聞いて嫌われても、日常生活には何も影響ないというような。
「もっと突っ込んで聞いてもいい?」
「あー、エッチなこと聞きたいんでしょ。内緒だよ。でも中学でするのって普通だったけどな」
それって、したと言っているようなものだと思ったが、内緒ながらも分かるようにしてくれたのであろう。
これ以上は止めておこうと思ったときにヒナからの反撃にあった。
「ユウさんは初めて彼女ができたのはいつなのですか?」
真っ直ぐこちらを見つめる目に、いたずらっ子のような輝きが感じられる。
「えっと、高二の頃かな。同じ部活で一緒に帰るようになって」
「それで、どんなデートしたんですか?」
絶対仕返ししようとしている。ただ興味を持ってもらっていると考えれば悪い気分ではない。
「あー、エッチなこと聞きたいんでしょ。 ・・・そりゃあもう、すごかったよ」
真似して内緒だよと言おうかと思ったが、あえて逆のことを言ってみた。
ヒナがくすくすと笑いだした。
「ユウさんってすごいんですね」
ヒナは受け身ではあるが、冗談が分からないわけではない。こんな話の流れは嫌ではない。
祐一はこれで自分が独身であって、遊びに出かけるようになって数か月たった間柄だったらこの勢いでホテルに誘えたのにと、心の中で自分に対してだけの冗談を言ってみた。
その後、待ちわびた料理に舌鼓を打ち、そこからヒナをホームまで送って別れた。
楽しい一日であった。
新宿からヒナの住む春日部までは電車で一時間くらいかかる。中央線で一本の祐一に対して乗り換えもあるヒナの帰宅時間は遅い。
最寄駅についた祐一は、駅に到着したということと、今日のお礼のメールを送った。
数分後にヒナからメールが届いて安堵した。嫌われなかっただけで上出来である。ヒナはまだ帰宅途中であった。
『こちらこそ今日はとても楽しかったです。また今度遊んで下さいね。私は大宮駅で乗り換えの電車を待っているところです。やっと半分まで来ました。春日部・・・遠い』
メールの最後に大泣きしている絵文字が入っていた。なんだかヒナのことが少しだけいとおしく感じた。
妻には学生の頃の友達と遊んできたことになっていた。
家に入る前、特に変わったところがあるわけはないが、着ている洋服の確認をした。少しの罪悪感がある。
他の女性と遊ぶことはやはり控えないといけないという思いが、今だけは強くなった。
今だけというのは、これで数日たって何も問題が起きないことが分かると、その気持ちが薄らぐことが織り込み済みであったためだ。
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