第28話 不倫①
メル友がいることは誰にも言っていない。
友人と飲むときに話したら酒のつまみとして盛り上がる内容ではあると思うが、どこか後ろめたい気持ちがある。
悪いことをしているわけではないのに、やはり出会い系サイトという印象はぬぐえないからだ。
出会い系サイトで安易に出会った男女が、そのまま肉体関係に発展することも、そこに金銭のやりとりが絡むことも多い。もっと凶悪な事件に発展したケースも報道されている。
別に合コンで知り合ったであっても、職場の同僚から恋人になった場合であっても、同様な事件は起きているのだが、そういう理屈はまだ世の中には通用しない。
そんなことをアリサとメールで話したことがある。
『どんな出会いでも自己責任だから関係ないけどね。でも友人や周りの評価を聞くことができたり、他人と接する態度を見られることも重要な判断基準だよね。合コンだったりしても、一人は友人として知っている人がいるわけだしね』
アリサの見識に感心することがある。そのくらいでないと独立して会社を立ち上げようなんて思わないのであろう。
日常生活で上流階級の人と話す機会はほとんどないが、すごい人との接点を作ってくれるメールとは、出会い系という色眼鏡で見ないで、もっと評価すべきもののように思える。
ヒナとはリコと知り合ってからしばらくした頃にメル友となった。
一日に二、三通のリコに対して、すぐ返事をくれるヒナは、多いときで十通を超えるやりとりがある。
独身で実家で暮らしているため、空いている時間が多いというのもあるが、性格的な部分が大きいと思えた。少し男性依存体質なのかもしれない。
ただメール好きなのとは裏腹に文章自体は短文が多い。
しかもあまり自分のことを話さず、祐一が話した内容に頷くばかりであった。
『昨日、久しぶりに家族で中華料理を食べてきました。美味しかったけど、店が汚いんだよね。だからこそ変なダシが加わっていて美味しいのかな』
こんな冗談を交えた日常会話のメールをヒナに送る。するとヒナからすぐに返信が届いた。
『中華料理美味しそうだね。店が汚いところってあるよね』
ヒナは悪い人ではないのであろう。しかしこれでは会話を続けるには努力がいりそうだ。
相手のことも話してもらわないとそこから会話が広げられない。日々の生活でそうそう話題になるようなエピソードはないのだから。
たまにヒナのことを聞こうと質問する。
『ヒナさんはお仕事何をしているの? 家にいるときは何をして過ごすことが多い?』
祐一がメールを送ると、10分もしないうちに返信がある。
『ファミレスで働いているよ。家にいるときは、そうだな、テレビ見たりとか音楽聞いたりとかかな』
ちゃんと質問に答えてくれるのは嬉しい。
当たり前のことであるはずなのに、メル友の世界では質問を無視する人が予想以上に多いことに以前驚かされた。
なかには『質問ばかりだな』と不満を表してくる場合もある。
質問しないと何も話してくれないからだよと心の中で文句を言ってみるが、ちょっとでもそんなことを相手に伝えようものなら、たちどころにメールが来なくなるだけであった。
ヒナの素直なところに好感は持てるが、やはり返信内容にもどかしさを感じてしまう。
ファミレスで働いているのなら、そこでのトラブルの話題とか、好きな料理の話題とかつけたしてくれるとありがたいのだが。
あまり期待はできないが祐一も返事を送る。
『接客業なんだ。僕もバイトだけどファミレスのウェイターをやったことあるよ。一回だけ料理をこぼしちゃって始末書かかされたな。ヒナさんは何かトラブル起こしちゃったことはなかった?』
『う~ん。トラブルはないかな。ユウさんも飲食店で働いたことあるんだね』
分かってはいたけど、祐一は肩を少し落としてずっこける仕草をした。
「これでどうやって話すんだ」と冗談まじりにつぶやいた。
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