第27話 出会い⑦

祐一はメールで聞いていたことを深く聞いてみた。


「実家の旅館に帰ったときはどんなことをするの? なんかすごく忙しいと聞いたけど」

「そうね。主に雑用かな。電話対応から料理を運んだり。お土産コーナーのレジとか。ユウくんのお仕事はインターネットの営業だっけ? やっぱり大変?」

「うーん。やはり営業は大変だよね。それに販売とかと違って、もう他の会社と契約しているから。だからメールアドレスを変更するのが面倒とかで、こちらが良い条件を出してもなかなか契約してくれないし」


どうも会話が上手くいかない気がする。

当たり障りのない会話をしている場合ではない。せっかくの機会だから、もう少しお互いのことを話したりして仲が深まるような展開に持って行かないと。


祐一はリコを実際に見て一目惚れすることはなかったが、想像の範囲内の容姿や人柄ではあった。

仮にリコの方から積極的にこられたら、本当に再婚する可能性がゼロではなくなるかもと思った。

リコの方はどうなのであろうか。

メールではリコの方が付き合うことに前向きのようであったが。


その後も祐一の社会的状況や家族との関係などリコから聞かれたりした。自分に再婚相手にふさわしい男性か審査されている気もする。

カウンターに並んで座っているので、お互い視線は窓の外を見ている。祐一は少しの勇気を出してリコの方を見て話すことにした。

グラスに刺さっているストローを持つ指が細くて綺麗であった。

ほのかな香水の匂いも漂ってくる。あまり香水に詳しくないので銘柄は分からないが、好きな香りだ。

リコの高そうな洋服からも多少は気合を入れて、今回の出会いに臨んだことが分かった。

それに比べると、普段着の中でも良い方程度のお洒落しかしてこなくて少し申し訳なく感じる。

あまりお洒落しすぎてやる気満々だなと思われることを避けるためだったが、今回は裏目に出たようだ。


どちらからともなくアイスコーヒーを飲み終えた。

「では、カラオケに行きましょうか」

リコが言った。

行きたいところがあれば他のところでもいいですよと祐一は言ってもよかったが、予定変更をしてぐずぐずな状況になるのを避けるために素直に頷いた。


カラオケボックスに入ってお互い一曲ずつ歌い終えたところで、祐一は失敗したと思った。

最初は個室でゆっくり料理を食べながらお話したりすればいいかなと思っていたが、緊張が取れない間柄では不向きである。

間をつなぐような感じで曲を入れる。歌っている間は話すことができない。

そんな状況を打破するために、わざと選曲しないで話しかけてみるが、カラオケボックスということで「歌わないの?」と言われて途切れてしまう。

まあ、初めて会ったばかりだし焦ることはない。これから何度か遊んでいくうちにお互いのことをもっと知って、そこで相性を確かめればよいのだから。


二人で二時間も歌うことができるかと思っていたが、実際はまだ歌い足りない気持ちを持ったままお店を出た。

「カラオケの二時間ってすぐ終わっちゃうね」

「そうね。ママ友達とみんなで行って、お昼から夕方まで五時間いるなんてこともあったしね」


一応、祐一はこの後の予定を聞いてみた。

「幼稚園は何時に迎えにいくの?」

「もうそろそろ行かないといけないの」

「そっか」

本当に楽しいデートだったらもう少し遅いお迎えだったのではないかと疑問が浮かんだ。

被害妄想の類かもしれない。

誰であってもお迎えに行かないといけないであろう。ただ、もう少し一緒に居たいけど、どうしてもという気持ちがあるかどうかは分かる。やはり失敗だったようだ。次のデートでは取り返さないといけないと思った。


リコを改札口まで送った。

「また今度時間があったら遊んで下さいね」

別れ際の挨拶で祐一は言った。

「そうね。今日はありがとうございました。じゃあ、またね」

普段、挨拶の一環として使っている『またね』という言葉が祐一には嬉しく感じた。また次があるのだと安心できる。


帰りの電車でお礼のメールを打った。

『今日はリコさんと遊べて楽しかったです。想像通り綺麗な方でびっくりでした。今度は豪華な食事でも行っちゃいますか。こんな私でしたが、これからもよろしくお願いします』

今回の送信は少し勇気がいる。

もし嫌われていたらどうしようかと考えてしまうからだ。

しかし素の自分のままの行動だったので、それで嫌われてしまったら仕方がない。リコの言った「またね」という言葉もあるので、自分を奮い立たせるためにも、あえて高をくくってみた。


しかし帰路に着く間にはリコからの受信はない。

もう幼稚園のお迎えが終わって、家についた頃の時間になっても受信はない。


結局このまま二度とリコからメールが来ることはなかった。

数パーセントのリコとの再婚の可能性は、もう考える必要がなくなった。

一年ほどメールで仲良く話していた絆も一瞬で終わる。

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