第25話 出会い⑤

最初は一週間というと長く感じたが、実際過ごしてみるとすぐに終わった。

昨日の夜にリコは帰ってきているはずだった。メールが来るとしたら今日だろう。

起床と共に、一応受信がないか確認してみる。

リコからの受信はまだない。

いつメールが来るのだろうかと少し期待感を持ちながら、祐一は出勤していった。


通勤電車は今日も混んでいるが、ピークの時間から少し遅れての出勤時間のため満員電車内で押し潰されてということはない。

窓からは千葉へと向かう反対方面の電車を見ることができる。

座席がいっぱい空いている車内を見ると、逆方向の電車だったら楽だったのにと、つい思ってしまう。

河川敷で少年達が野球をやっている光景も電車内から見ることができた。どこか心躍る状況に自然と野球少年を応援していた。将来プロ野球選手になれたらいいねと。


その時、背広の内ポケットに入れた携帯電話が受信を知らせる振動を開始した。

受信者を確認すると予想通りリコからのものであった。


『帰ってきたよ。私のこと忘れてないよね? こっちはあまりの忙しさで、ユウくんのこと少し忘れていた。・・・なんてうそうそ。一週間なにしていた? 昨日の夜中に帰ってきたんだけど、早速旦那にむかついた。もう少しいればいいのにだって。こりゃあ熟年離婚コースだな。って、熟年まで持たなかったりしてね。そうなったら母子家庭で露頭に迷う? ユウくんに拾ってもらわなくちゃかも』


絵文字もふんだんに盛り込まれ、冗談でコーティングした本音の部分も垣間見える内容だ。

祐一はすぐにメールを打ち込み始めた。


『おかえりなさい。もちろん忘れるわけがないですよ。待ちすぎて首が少し伸びたかも。旦那様の発言はあまりセンスのよくない洒落ですね。何気ない一言に本音が出るというか・・・ でも、もしリコさんが捨てられていたら拾いにいきますから、その時は教えて下さいね』


『えー。教えなくても飼い主になる人だったら、ちゃんと捨て猫さんを見つけられるはずだよ~。でもユウくんとだったら旅館を継いで一緒に運営していくのも楽しそう。マメだし、家族に対して優しそうだもんね』


祐一の心に一本の棒が打ちこまれた感覚を抱いた。

その棒はまだくさびのように鋭いものではなく針のような細さだが、小さいながらも波紋が広がっている。

リコと一緒に再婚して旅館経営を行う未来がゼロではないと思えたからだ。

その為には祐一も離婚してリコの娘さんに気に入られる必要がある。それ以前にリコに好かれるという絶対条件があったことを思い出した。お互い会ったこともないのだから。


なんにせよ今の段階で考えることはナンセンスだ。お互いが気に入って、付き合って、そこから真剣に考えればいい。

ただ会社経営しているメル友のアリサの言葉を思い出す。


「奥様のことを愛していますか?」


自分はいったいこの先どうなってしまうのだろう。

自ら悪い道に進んでしまうのではないか。それともこれが正解の道なのか。

どちらにしてもあまり現実的なことのようには思えない。

今はリコとのメールを楽しもう。そこから先は進展があってから考えればいいのだから。

祐一は湧きあがった不安を押さえ込むように、そう言い聞かせた。


『そうでした。この小指についている糸をたどっていけば、リコさんの元にたどり着くということですものね。旅館経営を引き継げば、私もサラリーマン生活から抜けて社長ということになれるのかな。おー、すごく魅力的。ではいつの日かよろしくお願いします』


リコからの返信はすぐに着た。


『えー。いつの日かなんですか? 旅館経営はけっこう本気だったのに』


舌をいたずらっぽく出した笑顔の絵文字が付けられている。


電車は目的地の駅に到着した。

祐一は出社まで時間があることを確認するとホームのベンチに座った。心の中に青春の頃に感じるような甘酸っぱいものが広がっている。この時間を大切にしたい。


『では、結婚を前提としたお付き合いをしちゃいますか?』


祐一も同じ絵文字を付けた。

冗談っぽく見せているが、あきらかに恋愛の駆け引きが行われていた。

リコから着た返信のタイトルは「お付き合い」である。


『考えておきます。なんちゃって~ よかったら今度デートしませんか? リアルの』


『ずる~い。そっちから話を振ってきたのに。また騙された。もしかして、リコさんと一緒になったとしても、尻に敷かれるパターンになるのでは。でもそんな関係もいいのかもしれませんね。では今度一緒に遊びにいきましょう』


急激な前進だ。はやる気持ちを押さえて、続けて余裕のある日をリコにメールをした。

今日は高揚感に包まれた良い日になることであろう。

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