第23話 出会い③
初夏となり沿道にたつ桜の木も花びらと交代するように生えてきた新緑の葉が艶を増してきている。
息子の俊太も幼稚園に通い出すようになって数か月がたち、美咲も子供から目が離せない状態から、少しは自分の時間をもてるようになった。
それでも当番で登園の引率をしたりととても忙しそうに思える。しかし以前の状況から比べるとすごく楽になったと美咲は言う。
最近、美咲のもとに出産するまで務めていた会計事務所から、午前中だけでいいのでお手伝いしてもらえないかという話がきた。
退職したあとも美咲は所長と懇意にさせていただいており、たまに家族同士で食事でもしないかと誘われたりもする。
俊太が産まれる前に、お腹が大きな状態の美咲と一緒に一度だけ食事をしたことがあった。
一軒家を改造したような作りのレストランで予約制の高級な雰囲気のお店だ。
祐一たちと、子供を入れた所長の家族の五人で十万円を超える金額となったのであろう。出産祝いということで支払いは所長が持ってくれた為、正確な金額は分からないままであるが。
仕事を始めることについて美咲に相談されたとき、ずっと家にいなくなることの寂しさと、応援していきたい気持ちが大半を占めた。
だが、その中にわずかながら、美咲がいない時間ができるとメールをやりやすくなるという気持ちがあった。
妻と子供を優先させることに迷いもないし、分別あるメールの仕方をしている状況に不満はないが、心とは一色ではないと思った瞬間である。
美咲が職場になじむのは早かった。元々勤めていた職場というのが大きく、所長をはじめほとんどの職員が顔見知りだったからだ。
一週間ほど働けば以前の感覚が戻ってきて、本来持っている能力の高さを発揮することができた。
たまに職場の仲間と飲み会が開催され、一度帰宅して夕食の準備を済ますと、夕方から出かけることがある。
所長のことは顔見知りだし、女性職員が多い職場なので浮気の心配はまったくないが、食卓が父と子だけというのは少し味気ないものだなと思った。
今まであまり感じたことはなかったが、美咲がいてくれるありがたさを痛感した。
今日は奥さんがいないから息子と二人で食事ですとリコにメールすると『寂しいね』という返事が返ってきた。
そして『もしかして不倫してるかも?』というお約束の冗談が添えられている。
そんなときに胸を張って『奥さんは浮気しないと思うよ。するくらいなら先に離婚をしてくると思うから』と答えられることが誇らしく思えた。
同時期にメールをしていた、独立して会社を設立したキャリアウーマンのアリサにも似たようなメールを送ったことがある。色々話しをしているうちに突然聞かれた。
『ユウさんは奥様のことを愛していますか? 仲良しなのは分かるけど、心が結ばれていないというか、何か満たされないものを抱えていそう』
鋭い指摘だった。
祐一も薄々感付いていたが、日々の暮らしの楽しさや子育てに追われた生活のためあまり考えないようにしていたことだ。自分の心に嘘はつけない。その答えは出ていた。
しかしそれを口に出すのがためらわれる。理想と違ってしまった結婚生活。美咲に愛されている気持ちを受け入れられない気持ち。なんだか自分がつまらない人間のように感じる。
『きっと違っちゃっているのかもね。奥さんは優しくて、話も面白くて、容姿も綺麗で、結婚したいという男性はたくさんいるでしょう。どこかでこんな素敵な女性を逃すなんてもったいないというような気持ちがあったのかな。男女において大切な何かを見ていなかった気もする』
メル友はもちろん、友人にも話したことがない気持ちだ。聞いてもらえたことで少しすっきりした部分はあった。
『色々な夫婦の形があるから、正解はないのかもしれないけど、結局はどんなに喧嘩が多かったとしても、後悔しているかどうかなのかな。ユウさんが今の生活に満足しているのなら、それも一つの夫婦の姿ですものね』
後悔しているかどうか。
アリサの言葉は祐一の胸の奥に沈み込む。
いつの日かこのことについて考え、答えを出さないといけないのかもしれない。
祐一はメールをしていた携帯を枕元に放り投げるように置き天井を見つめた。
重いテーマから逃れるべく少し早めの就寝についた。
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