第14話 自殺⑦
ナナに彼氏ができてから三週間がたった。
ニュースでは、明日から獅子座流星群が見られるようになると言っている。妻の美咲が一緒に見ようと提案してきたので、近場の街灯がない場所に行くことにした。
「やっぱり川沿いが外灯がなくて星が見やすいかな」
具体的な場所を定めず、出発したので美咲が聞いてきた。
「とりあえず川に向かってみようか。でも川沿いにマンションも乱立しているから明るくなっているかもね」
「その時はその時で、お散歩気分で少し暗くなるところまで歩いてみましょうか」
美咲と一緒に歩くということが少し懐かしい気がした。
夜も遅いので息子の俊太は家で寝ている。
まだ幼い息子を置いて出かけるのは気が引けたが、遠出をするわけでもないし、何かあったら携帯に電話してと言ってある。ここは息子の成長を試す意味でもお留守番をお願いしてみた。
子供ができてから夫婦二人で出かけるのは初めてのことなのではないであろうか。
いくらできた妻といっても、やはり子供中心の生活になってしまう。
仕事で遅く帰ってきたときは美咲は先に寝ており、すれ違いの生活なんてことも多かった。
当初は祐一の仕事帰りを待っており、リビングでうたた寝をしてしまうくらいであったが、体に良くないからと妻の体調を考えた祐一がそうさせたのだ。
美咲も同じことを考えていたようだ。
「二人だけでお出かけするなんて、俊太が生まれてから初めてのことじゃない」
「俺も同じことを考えていた」
やはり美咲とは相性が合うことが分かる。価値観や考えていることが似ている。
長くやりとりできるメル友に出会えるのが稀で、数通で終わる場合ことの方が多い。
世の中にはこんなに問題のある女性が多いのかと勉強になり、改めて美咲は良い女性なのだと認識できる。
返信が二週間くらい来ない人もいた。
忘れた頃に返信がきて、時間があいたことには一切触れずに普通の内容を書いてくる。
それについてメールを送ると返信がくるのは二週間後だ。
返信がくるということは嫌われたわけではないのだが、これではお互いが書いた内容を覚えていられない。
文章が二、三行だけの人もいた。
祐一が日常のことや、相手のことを聞いても、返信内容にそのことは書いていなく、『今日は庭のお手入れをしました。疲れました』とだけだったりした。
まったく話はかみ合わなかったが、それでも何通かはそんな内容のやりとりを行った。
彼女はメル友と何がしたかったのだろうかとちょっと疑問になる。
他にもたくさん似たような女性がいた。
どちらかというと普通に会話できる女性の方が少ないくらいだ。
これは比率でいったら世の中の人間の半数以上は普通ではないと考えることができるのか、それともメールをするような人はどこか問題のある人ばかりなのか、答えは出なかった。
川は千葉県と東京都を分断するように縦に延びているので、とりあえず東に向かって車を走らせたら十分もあれば到着する。
美咲の着いたよという声で、メル友について考えていたことを振り払った。
川沿いに堤防が延びており、その間にある河川敷は広く、野球場がある。
祐一と美咲は堤防を徒歩で乗り越え、そこから夜空を見つめた。
視線の先には針で無数の穴をあけた暗幕のような光景であった。満天の夜空という光景がぴったりだ。
堤防を上がりきったところで視界に突然に表れるというのも良い演出になった。数えきれない無数の星の光が、祐一と美咲の目に飛び込んできた。
東京でも明かりがないところであれば、こんなにも星々を見ることができるのかというのが真っ先に浮かんだ感想である。
「すごーい」
お互いがこの言葉を素直に言えた。それほどまでにこの星空に感動できた。
日常ではオリオン座やカシオペア座を、晴れた夜空では容易に見つけることができるが、今の祐一の視界ではそれは困難だ。
星座の周りや中にもたくさんの星の光が輝いており、それぞれの星座を特徴付ける星が、違う星たちにまぎれているためだった。
そこに流れ星の筋が夜空を切った。しし座流星群である。
「見た?」
「見た、見た」
二人の口からはもはや単純な言葉しか出てこない。その絶景の前に着飾る言葉は不要であるからだ。
その後も五分おきに流れ星を見ることができた。流星群と言われるだけあって、数々の星が流れていく。
「何か願い事をしなくちゃね」
美咲からそう提案された。
これだけ流れ星があれば願い事を言えるかもなんて楽観的に考えてみる。ただ一番かなえたい願い事は何であろうか。
美咲と俊太とこのまま平和に暮らせますようにというのはもちろん上位の願い事であるが、一番でないことは自分がよく知っている。
カエデと付き合えますようにだろうか、それとも新しい女性と出会って燃えるような恋をしたいだろうか。
どちらにしても、自分はつまらない男だと思えた。
夫婦とはこういうものだろうか。
理想としていたものとは何か違う。美咲に不満があるわけではない。自分にはもったいないくらいの女性だ。仕事も順調で、子供にも恵まれた。
メル友といえどもたくさんの人と関わり、様々な話をするなかで気付いてきたものがあった。
それが何なのかは、まだよく分かっていない。
昔はあまり感じていなかった疑問であるが最近感じることが多くなった。
隣に視線を移すと美咲が夜空の一点を見つめていた。純粋な美咲のことだ。家族の健康と平和を願っているのだろうなと、その表情から読み取った。
流星群見学の帰り道、美咲は興奮冷めやらないまま色々な感想を助手席で喋っている。
ふと祐一はこのことをメールする相手がいないことが寂しく感じた。
以前だったらカエデやナナにメールすることができたと喜んでいたのだが。
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