第10話 自殺③

ナナが住んでいるのは京都府であった。

東京都の祐一とでは距離がある。京都は修学旅行で行ったきりとか話したり、本当に修学旅行生ばかりで嫌になると答えてくれたりというやりとりもあった。

お互いの家が離れていることから、今回は最初から会おうという空気にはならない。ただ出張とかでたまたま東京に来ることがあったり、京都に行くことがあれば一緒に食事をしてもいいねという思いはお互いに持っていた。

ただ、もしナナがいなくなっちゃうことを決意したときは、最期くらい盛大なことをしたいから、その時は駆けつけるから教えてとは言ってある。

ナナも分かったと言ってくれていた。

 

そうしたやりとりが続くうち、自然とお互いの会社での愚痴とか、日々の出来事を綴っただけの日記を見せ合うような感じのメール内容へとなった。

思っていることを言う相手がいることで、ナナの気持ちがちょっとでも発散できたらいいと祐一は思った。

 

上司の亀田さんができもしない量の仕事を指示して、残業させるから嫌だ。


先輩の島原さんの言い方がヒステリックで、もっと普通に言えばいいのに。


愚痴以外にも会社内の人間関係も色々話てくれた。

同僚の児島さんが島原さんに、私と同じようにいじめられている。だから島原さんは結婚できないんだとかもある。

名前が出てくるだけで想像しやすい。同級生と電話で話しているように自然体でメールをすることができた。


ある日の愚痴はいつもとちょっと違った。


『毎日残業ばかりで辛い。仕事するのが嫌だ』


ナナはゲーム会社で働いており、毎日パソコンの前でひたすらプログラムを打ち込んだりしている。

祐一もゲームはするが、その制作となると想像すらできない。休みも満足になく、毎日終電で帰るような生活が続くと聞くが。


『仕事は大変だよね。でももしかしたら仕事が嫌というよりも、仕事ばかりさせられているということが嫌なのかもね。仕事だけみたら、何か作品を生み出して、それで遊んで喜んでくれる人がいるというのは素敵なことだと思うし。もしこれで勤務時間が9時から5時までだったら、そんなに悪くない職種かも』


祐一のメールに対して、すぐにナナから返信がきた。


『そうか。私は仕事自体は嫌いじゃないんだ。この職場環境が嫌いなだけで。なんか気付いただけで少し気持ちが楽になれた気がする』


祐一の思ったことに同調してもらえたみたいで少し安心した。

友達のように話すようになってからも、意見を言うときに慎重になることは変わっていない。

もし批判と捉えられたら、価値観が違うと捉えられたら、一言で関係が終わってしまうだろう。


その後も仕事が終わって家についたとか、これから寝るなどとメールのやりとりは続いた。

ナナのメールをする頻度は気まぐれだ。一日に数回やりとりすることもあれば、三日に一通しかこないこともある。

強制とか、来ないことを僻んだりすることはかっこ悪いので、特に頻度は気にせずナナが送りたい時でいいと思えた。


数か月後にナナから届いたメールは今までとまた少し違っていた。


『明日は同僚の家でお鍋パーティーをします。楽しみ』


日常会話のようであるが、ナナが友達と遊びにいくという話を始めて聞いた。

仕事が忙しくて遊んでいられなかったというのもあっただろうが、仲間と集まる場に参加しようという気が今まではなかったからだ。

親と外食とか、一人でショッピングだけであった。

生きていく楽しみまではいかないであろうが、前のように生きていくことに疑問を感じることは減ったのであろう。

嬉しいことではあるが、祐一は少し取り残された気がした。


祐一の生きる目標は何であるかまだ答えは出ていない。

傍からみれば、良妻もいて、子供にも恵まれた羨ましい家庭である。

もちろん祐一もそれは分かっている。平凡ではあるが順調に生活できているからこそ、何か満たされないものがあるのかもしれない。

カエデと恋人関係の時にはあった何かが。

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