第4話 恋愛③
ある日、カエデから短いメールが来た。
『あの女がいた。見ちゃって最悪』
あの女というのが夫の浮気相手のことを指していることは、今までのやりとりから分かる。その女性はカエデの息子の同級生の母親で、近所に住んでいた。
その為買い物や、学校行事で会ってしまうことがある。
そうするとカエデは体の中心が締め付けられるような苦しさを感じてしまうのであった。
祐一はすぐに返信した。
『大丈夫? そんな女のことなんか見る必要ないよ』
メールではできることは限られている。
もちろんカエデも祐一に何かを望んでいるわけではないはずだ。嫌な気持ちを吐き出させてあげることで彼女の心が少しでもやわらげばいいと思えた。
数分後に祐一の着信音が鳴った。相手は分かっている。
『いつもありがとう。ユウくんがいてくれて良かった』
ユウというのは祐一のハンドルネームである。
この名前を考えるのにも数十分かかった。本名にはしたくないし、まったく関係のない名前では実感がもてないためだ。
カエデからのメールは短い内容であったが、そこには本音があり、とても温かい気持ちになれる。もしかしたら救われているのは祐一の方かもしれないと思えた。
その後も何通かのやりとりがあった。
カエデは素直な女性だと感じた。感情を表に出してくれる。それにより喜怒哀楽は激しかったが、そんな真っ直ぐな性格が好きだった。
いつしか彼女に恋をしていることに気づいた。
着信音が鳴るだけでドキドキする。
普段もメールが来ないか待ちわびている。
片思いの相手にラブレターを送ったときの返事待ちのような、いつも彼女のことを考えている毎日になった。
そんなやりとりが一ヶ月を過ぎた頃、カエデから突然メールがきた。
『もう我慢できないから言っちゃうね。私はユウくんが好き。な~んて私なんかでは迷惑だよね。別に気にしないでいいから、これからも今まで通りよろしくね』
様々な絵文字がふんだんに使われて冗談っぽく書かれているが、カエデが好いてくれた気持ちは本物だろう。
両想いになれて嬉しかったが、どこか引っ掛かりを感じる。
好きになってくれたのはメールだからこそなのではないか。
性格を偽ってやりとりしている気はないが、自分が感じたように受信を待ってしまうドキドキ感。受信されたときの嬉しさからの勘違いのようなものではないかと思えてしまう。
でも例えそうだとしても、それに警戒して距離を置くのはつまらない。せっかくの両想いなのでここは素直に喜ぶことにしようと思い、僕も好きだよとメールを返した。
すぐにカエデから返信がきた。
『よかった。これで嫌われたらどうしようかと思っちゃった。でもユウくんが好きな気持ちの何倍も私の方が好きだからね』
両想いとはこんなに嬉しいものなのかと祐一は感じた。
妻と付き合うときは友達の期間が長かったので、その延長線上で付き合うことになったからドキドキはあまりなかった。
ふと、こんな簡単に両想いなれるのだとしたら、学生時代に彼女がいなくて悩んでいたのはなんだったのだろうとバカらしく思えた。
それとも学生時代にカエデに会えなかったからで、カエデこそが自分の運命の相手なのかもしれない。
少しバカな妄想をしてみたりした。
『いや。僕の方がカエデさんのこと好きな気持ちが大きいよ』
『そんなことないもん。私の方が好きだもん』
バカップルという存在に眉をひそめてきたが、今のこのやりとりはまさにそれに入るだろう。
悪くないと思えた。
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