第3話 恋愛②
久しぶりに祐一の休日と妻の休日が重なった。
午前中はのんびりとテレビを見て過ごし、夕方からはたまにはホテルで食事をしようという妻の提案で出かけることになった。
妻は名前を美咲といい、祐一とは同い年である。
明るくて家庭的でよくできた妻といえる。以前のアルバイト仲間であり、その明るい性格からすぐに友達になれた。
付き合うようになったのはいつの頃からだったかはっきりとは覚えていない。友達としてみんなと遊んでいる延長でいつの間にか付き合っていたという印象だ。
もちろんこれは祐一側の印象であり、美咲からしてみればはっきりしたきっかけがあったのかもしれないが。
メル友がいるとイベント事が少し嬉しく感じる。
話のネタ作りのために前よりも外出に前向きになったともいえる。
早速カエデにメールした。
『今日はこれから家族でホテルに食事に出かける予定です。和食のビュッフェなのでいっぱい食べるぞ』
『いってらっしゃ~い。外食いいな。私もたまには行ってみたい。家族で楽しんできてね』
メールでの挨拶やお見送りとはいいものだと思う。
住んでいるところは遠く離れていても近くにいるように感じられるからだ。
カエデからのメールと、ホテルでの贅沢な食事を想像して、心躍りながらホテルへと向かった。
客室が数百室ある立派なホテルに着いた。
吹き抜けになったロビーは五階分の高さがあり、視線を上にあげると五階の廊下を歩く人を見ることができる。
大きなガラス窓が壁にあり、そこから差し込む夕日がロビーを赤く染めている。ガラスの先にある中庭には噴水も見える。
いつかカエデと来てみたいなという思いが祐一の心の中に湧いてくる。
もちろんそのことは言葉にも表情にも出しはしない。隣にいる家族に向かって、自然の光が作る陰影の美しさについて感想を言うだけだった。
テーブルいっぱいに料理を並べた。ビュッフェとなると、つい全種類を食べてみたくなる。
向かいに座った妻のテーブルは、息子のためにお子様ランチのような盛り付けのお皿があった。
まずは子供に食べさせてから、自分の料理を口に運ぶ。祐一は自分が運んできた料理の半分を美咲の口に入れて食べさせてあげた。
きっと他の人からは、すごく仲睦まじい家族に映っていることだろう。夫にメール友達がいて、毎日付き合い始めの恋人のようなやりとりをしているとは思っていないはずだ。
料理を食べながらそんなことを考えていたとき、祐一のズボンのポケットに入れていた携帯電話が着信を知らせる振動をした。
誰からだろう。
カエデにはお見送りメールから返信していないし、そもそも家族で食事に来ていることは知っているから送ってくるとは思えなかった。
美咲が料理を取りに行っている間にポケットから携帯電話を半分ほど出し、送信者を確認した。
カエデからであった。
『食事中にごめんね。邪魔しちゃいけないと思ったんだけど、どうしても寂しくなってメールしちゃった。今頃奥様と食事しているよね。何度も送るのを止めようと思ったんだけど』
カエデの嫉妬からくる寂しさに祐一の心は射抜かれた。
カエデの健気さを愛おしく思う。
祐一はトイレに行くと言い残して席を立ち、個室の鍵を閉めると急いで携帯電話でメールを打ち始めた。
『こちらこそ寂しくさせちゃってごめんね。別に気にしないでいつでもメールしていいよ。もちろんすぐに返信できないこともあるけどね。後で料理の写真を送るから、それまでいい子にしているんですよ』
後半部分は心が繋がっている二人だからこそ分かる、おちゃらけた部分だ。
『うん』
カエデから短い返事がきた。
たった二文字であるが、カエデの表情や仕草が想像できる。
何枚も書かれたラブレターより、この二文字の方がはるかに想いがつまっていると思えた。
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