第17話 のこりいちにち
月日がたつのは早い。一週間よりも短い四日なんていうのは、長い人生の中では霧雨が乾く時間くらいに早いものだ。
ただ、今回ばかりは、もう少し長くてもよかった。
日曜日。土曜日が授業なので、実質の休みは一週間で今日だけ。教師は「土日に勉強しとけ」って言うけど、土曜日なんてお前らが半分消してんじゃねえか。
そして、もうひとつ。
「あと一日…………」
それは、最近の俺の悩みの種。
それは、一週間俺の頭にこびりついた影。
――私の命は、残り一週間。
その言葉は、はるかに重く、そして儚い。
一週間、俺は考えてきた。
幸を救う方法を。
「…………ダメだ」
人々を不安から解き放つのは多忙だという。しかし今日は日曜日。部活もなければ学校もない。友達になにか誘われたりしてもない。完全なる暇。それは俺を思考の渦に巻き込むには十分すぎるものだった。
そして、今考えるべきはその他にも。
「……そろそろ起きろよ」
「は? 嫌だし。めんどいし」
一昔前の女子高生みたいな態度を夏帆がとりはじめて三日がたった。最初感じたお姉さんオーラは吹っ飛び、もう敬語を使うこともやめた。なんでこんなやつにへりくだらなきゃいけないんだと思うとアホくさくなったのでやめた。
「はあ…………朝作るから待ってろ」
「はあ? 遅いよ。私が起きたときに机に置いてないと朝ご飯じゃないの!」
「俺キレていいやつだよなこれ⁉」
あんたは何しにうちに来たんだよ。賞味期限だってもう何日も過ぎて、こんなになったらこいつはなんのためのアンドロイドなんですかね。
そういえば、夏帆はどうやって処分するんだろう。この前は期限の日に俺が死んだせいでよくわかってないけど、実際のところはどうなっているのか。会社が回収にくるのかな。そろそろこのアンドロイドお荷物なんだけど……今日あの会社行ってみるか。暇だし。
冷凍食品をレンジでチン。昨晩の残りもレンジでチン。
「はい、できたぞ」
「冷凍ばっかりじゃん」
「じゃあ自分で作れ」
「やだね」
ふざけんな。
仏壇にも朝ごはん。三人の写真が並んでいるが、中でも姉さんのものは映えている。行方不明になる一週間前に撮った写真が、奇しくも遺影にぴったりだったのだ。この頃の姉さんはたぶん、いや絶対にこの写真が遺影になるだなんて思わなかったはずだ。こんな笑顔が…………
「うーん、おいしい! 悔しいけど、冷凍食品もまあまあだね!」
なんだかうるさいので声の方を振り返る。やはり女子高生みたいな性格だからか笑顔は弾けている……ん?
「この顔……どっかで見た……」
そして、なんということもなく、仏壇を振り返る。スピリチュアルは信じる性分ゆえ、こういうのを導かれたんだと感じてしまう。
そこにも、笑顔があって。
「…………姉、さん?」
写真の顔は、仏壇の中にもいた。
「んー、おいし!」
すっかり幼児退行している夏帆の顔は、未だに笑顔。その、無邪気のなかにわずかに見え隠れする大人びた雰囲気――それを、背後からも感じる。
「お前…………」
「ん?」
口一杯に冷凍食品を詰め込んだ彼女は、何が起こったかよくわからないといった表情でこちらを見てくる。
――やっぱり、姉さんだ。
似ている。そう思って見ると似ている。目、鼻、顔立ち…………姉さんにしか見えなくなってきた。
そしてこれが、二人のアンドロイドを契約したときに感じた「親近感」の正体だった。
でも、どうして。
どうして姉さんに似てるんだろう。
わからない。
…………まあいいか。
とりあえず、夏帆をどうやって処分するのかを訊きに行こう。
「って、結局これ学校行くのと道同じなんだよな……」
乗り換えがやたらスムーズに決まったなと思ったら、これはいつもの道でした。休日に学校行くなんてどんなマゾプレイだよ。
夏帆は見た目は人間、声も人間なので全く気になることなく電車に乗れた。まあ電車の人も乗ってきたのが機械だなんて思って見てたらそれはそれでキリがないよね。
電車で二駅。十分ほどで目的の駅に到着。
「おー! なんかテンション上がってきたよ!」
改札を抜けて跨線橋を越えると、夏帆のテンションはうなぎのぼり。心なしか歩くテンポも速い。故郷が近づけば自然と早く歩くともいうが、実際ここは夏帆の故郷。製造工場というと生々しいが、それもこの近くにあるのだろう。
「あんまはしゃぐなよ」
知り合いに見つかりたくないからな。
いつも通り。コンビニが最近不動産になったが、変わったのはそれくらい。団地の解体は進んで更地になり、新しく建つ建物の土台となった。
横断歩道を渡って、まっすぐ歩くと、見覚えのある建物が。
ひんやりした壁が俺を出迎える。この感じだと外部を疎外してるようだけど、入り口は普通の入り口なんだよな。こっち側の人間になってからこの会社に対する明確な嫌悪感はなくなってしまった。人は慣れてしまうと、危機感とかが薄れて危ないというが、実際そうである。
自動ドアを抜ける。死んだ後に行き返るときのスタート地点として来た時以来、一週間ぶりくらいの空間だが、まあ一週間やそこらではさほど変わるわけもなく、相も変わらず笑顔と温かい雰囲気に包まれていた。
長蛇の列に並ぶ気はさらそらなかったが、うろうろしてしたらこの前のお姉さんが近寄ってきた。
「杉内さん…………ですよね? また死んだんですか?」
「そう何回も殺さないで」
死ぬの当たり前みたいな考えやめてほしい。
「今日はこいつの件で」
「こいつ? おー、夏帆じゃないですか。サンプルデータ、ありがとうございます」
「ええ、それはいいんですけど、それよりこいつ、賞味期限が切れたんです。どうすればいいですかね? なんか毎日劣化していくんですよ」
「劣化? 部品の不足は見当たりませんが……」
「外見じゃなくて内面なんですよ」
「内面?」
これまでの経緯をお姉さんに伝える。最初はお姉さんオーラがあってよかったこと、どんどん言うことを聞かなくなっていったことなど。
「なるほど。私はよく分からないんで、上に聞いてみますね」
「ありがとうございます」
ポケットから携帯を取り出したお姉さんは、手早く電話を掛ける。
「はい、はい。伝えておきます。失礼します――後でうちの会社のものがこちらに参りますので、付いていってください」
「あ、はい、わかりました」
お姉さんは笑顔を向ける。
「いいんですか? ほんとにお別れになっちゃいますよ?」
お姉さんはその笑顔を等しく夏帆にも分ける。俺はお姉さんの視線の先を追うように夏帆を見る。さっきまでのはしゃぎようはどこへやら、今度は俺の横にぴったりくっついて離れない。
「そりゃ、さみしいですよ。まがりなりにも一週間一緒にいた人とお別れなんですから」
「お別れ?」
ここの空間に来て、はじめて夏帆が喋り始めた。
こいつには、なにも言わずにここに来てしまったことに今さら気づく。
「お別れって? 何とお別れするの?」
純真無垢。お姉さんオーラとは遠く離れたところにある表情は、しかし本当の心。夏帆は本当に何がどうなっているのかよくわかっていないのだ。
「そういう運命なのです。夏帆」
お姉さんが笑顔で冷たく言い放った。気持ち悪い。感情と言葉があっていない。
「運命…………」
「では杉内さん、こちらへ。間もなく係のものがやって参りますので」
仕事。彼女はこうやって、人に運を配布したり、生き返らせたり、場合によっては人と人とを引き離したりするのが仕事。
お姉さんの後ろについて歩き、ひとつのドアを越えると、そこにはこの前幸と喋った部屋があった。そこにはすでに係のものとおぼしき人がいて、着席を促してくる。
「あれ、どこかでお会いしましたっけ?」
「いや、してないと思いますよ」
テーブルを挟んで二人が向き合う。目の前にいる中年の男性は俺が座るなりそんなことを言ってきたが、見当違いだ。
「さて、ご用件はそこのアンドロイドについてということですが、それよりまず生活してみての体験談とか何かありますか? 是非参考にしたいので」
「体験談…………機械っぽさは感じさせませんでしたね。どうも言葉の流れや一挙手一投足に人間味が表れているというか、世間一般に言うアンドロイドとかロボットとはまた違う本当の人間と接しているような気がしました」
「なるほど……」
妙に笑顔なこの人はそう相づちを打つと、冷房で冷えきったテーブルの上に肘をつく。
「まあ、それがわが社の求めているアンドロイドの目標でもありますからね」
この会社の目標のために、裏で幸が使われていることはトップシークレットのはず。ゆえに俺は現在多くを知りすぎた人間。
「そうなんですか」
お姉さんがいつのまにか持ってきたコーヒーをすする。あっつ。
「他に何か、お気づきの点は?」
「そうですね……」
幸のことは言っちゃいけない雰囲気でてるし、他にこいつについて思ったこと……
外の様子はよくわからない。が、雲が太陽を隠しているのはわかる。壁越しの空は灰色の雲に覆われて、いまにも雨が降りだしそうだ。
「あと、なんか姉に似てますかね」
思いつかなかったので、何の気なしにそう言った。
「なるほど…………失礼ですがお客様、お名前は?」
「え? 杉内仁ですけど」
「杉内さん…………」
そう呟いて、この人は考え込む。俺はすることもないので、とりあえずコーヒーをすする。冷めたコーヒーはいつにも増して苦かったが、砂糖も与えられていないので我慢するしかない。俺ブラックコーヒーダメなんだけども。
十秒ほど考えたあと、前の人はカバンから何やら紙を取り出した。そこには表が描かれており、その中に文字が読むのもうんざりするほどぎっしり詰められている。
「なるほど…………杉内さん…………」
何かに気づいたような顔をして、その人は言う。空調の効いたこの部屋は、初夏の気温を心地よくしていた。
「…………奥行きましょう。ついてきてください」
「あ、はい」
突然立ち上がったこの人は、こちらを見向きもせず歩き始める。置いていかれそうになるが、すぐにその背中を追いかける。
奥の扉が開けられる――
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