第16話 水曜日、のこり5日
さて。
念願の一人の時間となった登校の四十分間。俺はそこで何を思うかというと、やはりあの件。
――一週間。
唐突にそんなこと言われてもなあ……最近再会したばっかりの彼女の秘密。余命一週間。一週間といっても、もう二日たってしまっているので五日ほどか。一週間、つまり七日間という予想が本当にぴったりかどうかもわからない。六日かもしれない、八日かもしれない。それは誰にもわからない。
俺を殴り殺した鉄骨は、高層ビルの一部として頭上に取り付けられた。どれが俺を殴った鉄骨かはわからないけど、多分あの辺で作業してたからあの辺だろう。え、すっげー高いじゃん。あんなところから落ちてきたらそりゃ俺死ぬわ。
電車に飛び乗る。思いの外混んでいて、ドアのすぐ前で身動きがとれないほどだ。車掌が言うに、落とし物拾得と。見つかって何よりだ。
二駅の距離が短く感じた。ずっと頭でなにか考えていると時間は早く過ぎるものらしい。今度授業中に応用しよう。
今日は時間に余裕がある。始業の十五分前には学校につくはずだ。俺にしてはなかなか頑張った方。
一秒も走ることなく通学路を突破。 空は曇っていて、気温が低かったのがさらに心地よく、空模様とは対照的に気分は晴れ渡っていた。
で、授業中は爆睡。寝てないわけじゃないし、さほど疲れているわけでもない。ただ、なぜかわからないけど寝てしまう。これが学校の授業の厄介なところで、そんじょそこらの催眠術よりよっぽど催眠効果があると思っている。
でも、最近の俺はもう頑張って起きようとはしない。あれがあるからね。
「じゃあこれを……」
来ました。
「寝てるやつに当てるか。寝てるやつは……」
来ました来ました。
「よし、じゃあ杉内」
……………………は?
「いやちょっと待ってくださいよ」
「なんだ杉内」
「いやいやいや、おかしいでしょ、なんで俺が当てられるんですか」
「そりゃまあ……がっつり寝てたからな」
「いや、寝てましたよ、寝てました。それは認めます。でもなんで俺なんですか!」
「いや、なんでもなにも、寝てんのお前だけだったからな」
「え?」
周囲を見渡す。四十を越える顔が俺と先生に向けられていた。えっまって、あいつは? 西口も寝てないの?
「じゃあ、問一から五まで答えてもらうからな」
誰も寝てないとかこの学校どうしちゃったんだよ。確かに誰も寝てなかったら指名をはずすこともできない。はずす相手がいないもんね。
「なんで寝てんのよ」
授業が終わると、西口が隣に座ってきた。なんだこいつ、自分が優位にたったと思ったらその方向から話を進めてくる系女子かよ。
「そういう時もあんだろ」
「はっはーん、寝てるからこのクラスなのよ」
「お前だって同じクラスだろ」
イラッと来るんだよなこういうの。得意戦法手のひら返しなのか。
「私ね、今日は眠くなかったの。奇跡だよね」
「はい奇跡奇跡」
「頑張った方だよね」
「はい頑張った頑張った」
「塩対応でさえひがみに聞こえる……!」
ひがんでねえよ。
「だいたいねえ、授業は聞かないと。みんな同じ授業料払ってて、他の子は起きてて自分は寝てるなんてもったいなくない?」
「重いこと言うなよ」
そしてお前が言うなよ。
「はあ…………」
疲れた。体力的にも、精神的にも。体力は帰宅部補正がかかって登下校で疲れるパターン、精神はもうあいつのことでいっぱい。
何度目になるかわからないため息が漏れる。
「…………やっぱりまだダメなの? あの……今永さんって人」
その俺の雰囲気に気づいたのか、西口は尋ねてくる。こいつはどこまで知ってるのだろうか。洞察力の高い彼女なら結構深いとこまで知ってそうな気がしてならない。でも話したところで変な心配を抱いてほしくもない。なんという二律背反。
とりあえずは話題をそらすか……
「そんなことよりお前宿題はやったのかよ。次英語だぞ。忘れるとねちねち言われてめんどくさいぞ」
「大丈夫、やってある」
「珍しいな」
「珍しいとか言うな」
第一の弾が外れてしまった。
「ねえ、今永さんどうなの? 今永さんは」
真剣な表情は変わらない。両手を膝についてこちら向きに座る西口は、声色も変えず、努めて冷静に。
……ああ、ここまで来たらもういっかな。三人よれば文殊の知恵。三人集まってないけど、一人で抱え込むよりはいいのかな。
「実は――」
「あ、ごめんね、もう戻るわ。時間的に」
西口はそう言って自分の席に戻っていった。前の方の壁寄りの席。いいなああの席。
「はあ……」
そして、やはり何度目になるかわからないため息。ため息をつくほど幸運が逃げるとか言う人がいるけど、そんなことを言っていたら俺の不幸はとっくに下方向にカンストしている。つまりこれ以上ため息をついたところで全然問題ないんだ。ひねくれてるな俺。
――知識を吸いとられる。アンドロイドを作るときには、その思考の中枢であるAI、いわゆる人工知能を育てないといけない。人工知能を育てるにはまず知識を詰め込まなければいけない。そして、アンドロイドを極めて人間に近づけるために必要なもの、それが――人間臭さ。
なくて七癖。古来から人はこんなことを言っている。どんな人にも七個くらいは癖があるという慣用句なのだが、これは非常に人間というものをよく表している。
対してアンドロイド。機械であるがゆえに、そこにはその人間臭さがない。効率化、高速化を求めて人間が作り上げたのが機械だとするならば、機械の延長線上であるアンドロイドも同じことが言える。
しかし、この会社は、もはやそれまでも取り入れようとする。機械にはできない「人間」というものを作ろうとする。
そして、そこで現れたのが――幸。
「はぁ…………」
ダメだ、ため息しか出てこない。
規則的に音を鳴らす線路は、しかし表情豊かに電車を受け流す。あるときはなめらかに、あるときはご機嫌ななめに。
川を渡って二分ほどすれば、最寄りの駅になる。家から学校までわずか四十分と、電車通学にしては近いところにある我が家だが、果たしていつまで住めるのか。あと五日ほどの命である幸はそれは考えものだが、俺も高校生でひとり暮らしというわがままを決め込んでしまっている。祖父母だって正直長くはない。
電車を降りる。
人の往来が激しいことで知られるこの駅だが、平日の四時前でこの有り様だ。人、人、人。少子高齢化という数値だけで実感のない問題はどこへやら、老若男女が揃って、それぞれの表情で街を歩く。終始笑いっぱなしの女子高生三人組、小走りで電話する社会人、学校帰りの小学生……数えだしたらきりがない。
みんな、それぞれ自分の人生を歩んでいる。
それが例え、悪いものでも。
そういえば、夏帆はどうなったんだろう。病みが取れてればいいけど……
「……ただいまー」
恐る恐るドアを開ける。部屋が暗かったり血が飛び散ってたりしてたらどうしよう。警察呼んでも理解されなさそうだし……
一歩、二歩。
「た、ただいまー……」
ついにリビングへ。果たして――
「おかえりー…………」
…………ん?
「すっごい待ったんだよ…………? 杉内くんが帰ってくるまで…………」
文章となったからようやくわかった。このか細い声は夏帆のものだったらしい。どこにいるかもわからなかったけど、実は足元にすでにいたらしくて、正座してこちらを見上げている。いつからそこにいた。
「ニュースとか興味ないし、ずっと杉内くんのことしか考えてなかった…………放置された洗濯物の臭いを二時間くらい嗅いでて、そしたらいつの間にか寝てて…………今に至った…………」
気持ち悪いんですけども。
「ねえ…………どうしたの…………? 早くやってよ…………」
「な、何をですか?」
「あれだよ…………いつもやってる…………」
顔を若干赤らめて言う夏帆。いつもやってる? そんなもの何かあるかな?
「だから…………」
やはり恥ずかしそうに俺を見上げる夏帆。何、なんなの?
「ただいまのチュー、でしょ…………?」
「は?」
「いつもやってるじゃん、帰ってくると同時に、私に…………」
「してねえよ!」
捏造だよ。
「そんな…………ひどい…………昨日はかなり激しかったのに…………」
だから捏造だよ。
「…………まあいいよ。やってくれないってことは別の女ができたのね…………」
まだちょっと病んでる頃のあんたが残っちゃってるよ。
「……………………すー」
さんざん過去を捏造したあげくに、彼女は夢の中に落ちていってしまった。正座したまま人は寝れるんですね。やっぱりちょっとかわいそうなので、毛布をかけてやった。手のかかるアンドロイドだな。
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