第15話 杉内、動き出す。
――私の命は、残り一週間。
――私は、あの娘たちのいわば餌なの。
「…………くそっ!」
あの話を聞いて以降、俺は独りでにこれを思い出しては地面を蹴ることを繰り返していた。
どうしても脳の奥の方に刻まれてしまって、取り出せないでいる、その声。
今日も朝日は明るい。うっとうしいくらいに自己アピールをしてくるその日差しを横に、俺はまた学校に向かう。
「あっ」
昼休み。学校に飯を食いに来てるのか、勉強しに来ているのかもはやわからなくなってきた。たぶん前者。
今日も今日とてコンビニ弁当。たまには麺類にしてみようと思って、適当につかんだのがカルボナーラのパスタだったのだが。
「レンジでチンするやつやん……」
四時間前の俺は学校にレンジがないことをすっかり忘れていた。
このままだと冷やしカルボナーラだな。それは避けたい。カルボナーラは温まってこそのカルボナーラ。卵のとろみとチーズとソースがなんとも――いいや。話すと長い。
「どうしたの?」
「またお前か」
唐突に声をかけてきたのは、もはやお昼の顔、西口さんだった。こいつなんでこういうときに来るんだろう。
「また?」
「あっ、いや、気にすんな」
そうか、前こいつに割り箸取りに行ってもらったときはループしてるから無いことになってるのか。
「カルボナーラ⁉ すごーい!」
そしてやはり話はカルボナーラへ。
「なんか食べたくなってさ。麺ってあんまり行かないじゃんコンビニで。だから試しにって買ったんだけど……」
「……けど?」
「……冷やしカルボナーラなんだよなー……」
期待の視線を送る。前みたいに助けてくれませんか?
「それはどうすることもできない」
「えー、使えないな」
「ちょっと、どういうことよ!」
おっと、勢いで素直な感想を言ってしまった。
「って、そんなことはどうでもいいのよ」
「そんなことってなんだよ! 飯食えないなんて死活問題だろ‼」
「何よ、じゃあ勝手に死んでれば?」
なんだこいつ。
「今永さんのこと。あの娘も何かあるんでしょ?」
呆れた顔でそう言ってくる西口に、俺は無言で冷やしカルボナーラのふたを開けた。
「相変わらず鋭いなお前は」
「悪いね、そういう性分なの」
冷えてる。
「で、どうなのさ今永さんは」
「それは……」
俺は周囲を確認する。
「…………あと一週間らしい」
西口は一瞬驚いた顔を見せたが、やがて平静を取り戻した。それを見て、俺は話を続ける。
「詳しいことは省くけど、脳の機能がやられていくパターンのやつで、進行が異常に速いやつと思ってくれればいい。とにかく医者ですらお手上げの状態ってこと」
「じゃあ、どうすることもできないの?」
西口は外見の落ち着きぶりと相反して震えている声でそう尋ねる。一口の冷やしカルボナーラのチーズの風味が、口の中に残っていた。
「ただいまー」
「あ……おかえり……」
「あれ、元気ないんですか?」
家に帰ると、めちゃくちゃ暗いオーラをまとった夏帆が玄関に突っ立っていた。こわ。
靴を脱いだ俺のところに駆け寄ると、顔を近づける。
「くんくん…………女の臭いがする」
「え?」
暗いオーラが殺気に変わる。だから怖いって。
「誰…………誰…………?」
「いやだから学校行ってきただけですって。そりゃ女子にも会いますよ」
「誰? その女」
「いやだからいっぱいいるって」
「一人の女の臭いが際立ってる…………誰?」
臭いとかいうな恐ろしい。
一人の女というと、やはりあいつしかいない、か。
「まあ、あいつかな……」
「あいつ…………? 心当たりがあるの…………?」
「いやまあ、たまに助けてもらうこともありますし」
「助け…………? 何を言ってるの、あなたの家で生活をお助けしているのは私の方」
「まあ最初はですけど」
今のお前なんてただのヒモだぞ。
「…………殺す」
「…………え?」
「独り言です」
だから怖いっつーの。
「じゃあ、私は寝るね」
「あ、はい…………おやすみなさい」
ずっと家の廊下で立ち話だったが、彼女はリビングに入るや否や、即寝てしまった。一日中玄関で待ってたのかな…………こわ。
このアンドロイド、劣化が進んでいる。劣化というか病だろこれ。
「…………さて」
夏帆についてはもうあとで考える。アンドロイドってどうやって処理すんだろ。賞味期限切れたんだからもう捨てないと。
あとは、最近の幼なじみのこと。
「どうすればいいんだ…………?」
医者ですらお手上げのものを、一介の男子高校生にはどうしようもない。病気というよりは人為的なものだし、なおさらどうしようもない。
右手のリストバンドには、58と記されている。
しかし俺にはこれがある。運ポイント。人の力ではどうにもならないことを可能にする、夢のひみつ道具。
「でも、あいつも使ってるんだよなこれ」
問題は、幸もこの会社の会員であるということ。てことは幸もある程度はこれに頼っているということで、しかもそれでは効果がないことが分かっている。
……手詰まりか。
「ぐー」
そんな人の心配事など露知らず、アンドロイドはだらだら寝ている。お前ほんと劣化したよな。前あったお姉さんオーラが、今や病みまで入ってしまった。どうしてこうなった。
そういえばずっと制服姿だったことに気づく。
カバンから出すのは宿題プリント。思考のループに入ったときはこれだ。現実逃避。
機械の寝息が部屋にこだまするだけ。災害で亡くした三人の家族はここにはもういない。新しい家族は劣化する。結局、ここには俺しかいない。
幼なじみは大人びてきて、それでいて去ろうとしている。
昔はみんないたのに。
俺だって周囲から「頑張って」とか言われない、イレギュラーな生活じゃない時代があったのに。
――あの頃に戻りたい。何もなかった、何でもなかったあの頃に。
「…………戻る?」
いや待て、最近戻るとかいう体験しなかったっけ。二回死んでる俺が現在こうして生きているのにはなんか変な体験あった気が…………
「こいつやん」
そうだ、前に生き返ったときは奈帆に祈ってもらったんだった。俺が死んだということを知った奈帆が、時間の巻き戻しを願った。
だが。
「この人が祈ってくれるだろうか……」
奈帆に料理を教えたのは俺だ。ゆえに奈帆は相応のありがとうの気持ちが俺にあったはず。だから奈帆は俺が生き返るようにしてくれた。
しかし今回、俺は完璧お姉さんだった夏帆になにもしてやっていない。むしろ家事は任せきりにしてしまったし、だらだらしたときにはカレーを作ったやったけど、あの感じだと恩を感じていないだろう。今に至っては病んでしまったし。
「……厳しいな」
まあいい。期限は幾日かある。五秒後にゲームオーバーならなんかの手を画策したけど、まだ焦る時間じゃない。
リビングで寝る夏帆の体にそっと布団をかけて、俺も布団に入った。
「起きて…………起きないと周りの女皆殺しにするよ…………?」
「うわっ!」
朝から変なものを聞かされた。殺人予告で起こすなんて脅迫だろこれ。起きるしかないよね。
真顔でそう言った彼女であったが、すぐにその表情が変わる。
「…………ご飯、作ったんだよ」
その顔は、どこか自慢げで。
「な、なんだ……家事しないんじゃなかったんですか」
「しないよ。めんどくさいし……」
「じゃあどうして?」
夏帆は俺の両手をつかむ。その手は一肌に温かくて、一瞬こいつが機械であることを忘れてしまう。
「昨日、お布団かけてくれたから」
リビングにきれいにたたまれた掛け布団が視界に入る。
「……ああ、あれ」
「ありがとう…………あ、ご飯食べて」
「あ、はあ」
なんかこいつ距離近くないか今日。今なんて仰向けに寝ている俺の顔の目の前五センチくらいのところに夏帆の顔がある。呼吸していいのかも分からなくなるレベルに緊張したし、下手なことしたら殺されるんじゃなかろうかという恐怖心が俺を包んでいた。
が、夏帆が台所に向かったので、それも解放される。新鮮な空気万歳! 酸素! 二酸化炭素! 窒素! アルゴン! すばらしい!
「温めるから待っててね」
なんか知らないけどテンションが上がったらしい夏帆は、味噌汁を温めはじめる。出汁の香りが届いてきたので、俺は嫌々ながらも起きることを決意。学校いきたくねえ。
着替えを済ませて食卓に行くと、普通の朝ごはんが並んでいた。ご飯、味噌汁、焼き鮭。典型的な日本の朝食。
「い、いただきます」
「はーい」
ただひとつ、横にいる人が食べるのをガン見していることを除けば。
「…………いや、近いですよ」
「んー? 美味しい?」
まだ一口もつけてねえよ。
「美味しいでしょ、美味しいでしょ!」
「あっはい」
口と手を動かしまくる。こんなにプレッシャーのかかる朝ごはんがあってたまるか。もっとこう、自分の時間じゃないのかよ。
「うまい、うまい」
「そう! ありがとう」
とりあえずまあ味は悪くなかったのでよしとしよう。どんなに病んでしまっても変わらないクオリティ。飯がうまいのはいいことだ。
「んじゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
雰囲気は暗いのに表情はにこやかというなんとも言えない顔をしているアンドロイドに背を向けて、俺は玄関のドアを開けた。
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