第14話 夏帆、期限が切れる。
衝撃の発表があった後、俺と幸は別れた。元々最寄り駅が違うので、建物を出て線路沿いの道に出たときに左に行くのが幸、右に行くのが俺。つまり正味五分くらいは一人黙々と歩を進めるだけでいなくてはならはい。
久しぶりに会った幼なじみから聞く、最後の話。
それは、一人で抱えるにはあまりにも重すぎる話だった。
「ただいまー」
すっかり夜。遅くなってしまったことに少しの申し訳なさを感じつつ、部屋に戻る。返答がないけどどうしたんだろう。充電中?
「ただいまー…………って、おい!」
「あ…………お帰りなさい…………」
リビングには、パンツ丸出しでスナック菓子を食い散らかしている夏帆がいた。見えちゃってる見えちゃってる。
「あー、ねむ…………ぐー」
「どうしたんですかしっかり!」
「んー、んー、揺らさないで」
「いやいやほら、ご飯は作ってないんですか?」
「むきー! 私は家政婦さんじゃないよ! 家帰ったら飯があるなんてつまらない幻想は早く捨ててしまいな‼」
「ええ⁉」
銀髪が爆発してぼっさぼさの夏帆は、早口でそう捲し立てた。今までのお姉さんオーラなんぞそれこそ幻想。
「ど、どうしちゃったんですか? こんな…………色々丸出しですけど」
「え? 丸出しなのはバカだけじゃないのかよ?」
「バカも丸出しですけどね」
だいたいそのポテチ俺が買ったやつやん。期間限定の温州みかん味。絶対不味いなと思いつつも買ったやつやん。
「え、これ杉内くんのやつなの? よく買ったねこんな変わり種。私は好きだけどさ、賞味期限がもう明日に迫ってたよ。いつ買ったのさ」
「賞味期限…………そういうことか」
そうだ、賞味期限。前に夏帆が何とか言ってたものがこれなのか。つまりこれが賞味期限切れのアンドロイド……だらしない。
「あっつい!」
期限の切れた夏帆はさっきから文句が多い。今もまた文句を言って、そして――脱いだ。
「えっちょっまっ」
全裸のアンドロイドが、そこにいた。
「なーにー! 私は暑いんだよ! 死んでしまう! リアルな話錆びてしまう‼」
「じゃあせめて下着ぐらいはつけてくださいよ!」
「嫌だー! あついあついあついあついあついあついあついあつい」
「わかった、わかったから静かにしてここマンションの五階だから」
「にゃー! 文句言うにゃー!」
「あんたがさっきから文句ばっかじゃねえか!」
「……さて」
諦めた俺は、素直に台所に立った。この分だとこの人は何も作ってくれない。もはや完全にお荷物と化してしまったアンドロイドさんは、現在床でおねんねしている。疲れちゃったのかな?
とんとんとん。
小気味良く野菜を切る。冷蔵庫に奇跡的にあった豚肉をトレイから出して鍋で炒める。その後、切った野菜もそこにいれて炒める。
しばらくして水を投入して煮る。十分ほどで今度はカレールーを投入。
「できましたよー」
完成。簡単で美味いもの代表、カレー。
「おぉー、やるじゃん。いっただっきまあーす!」
働かざる者食うべからずという格言をここに適用しようと思ったがかわいそうなのでやめた。劣化したアンドロイドにもある程度の権利はあるはずだし。
しかも。
「おいしー! ねえねえこれどうやって作ったの?」
……普通に褒められると嬉しいっていうね。
「ルーの箱の裏に書いてありますよ」
「隠し味は?」
「使わないです。それで味を崩壊させたらもとも子もないですから」
「えー、つまんないのー。私ならコーヒー入れるかな」
「あっそうなんですか。どんな味に?」
「苦味が増すのかなー? やったことないけど」
「やってみます。今度」
「ん。そいじゃ頑張ってー。うまー」
なんかあれだよね。自分が作ったってのもあれだけど、人がご飯を美味しそうに食べるのって気分がいね。
「ごちそーさま!」
「お粗末様です」
「おいしかったよ!」
「さすがにカレーですしね」
カレーがまずかったらヤバいって。どうやって一人暮らししてきたんだって話だ。
じゃあ、食事も終わったし、ひとつ訊いてみるか。
「夏帆さん」
「んー?」
すでに顔はテレビに向けられている。時々だらしない笑いを漏らしながら。だらしない笑いってなんだよ。
「どうして――全裸なんですか?」
そう。こうしてバラエティを眺める彼女は現在全裸。何もまとっていない。もうそういう部族なの?
「だって暑いし」
なんだかゆるがない返答に、俺はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。
「ぐー」
夜の八時。これからが一日の始まりなのに、夏帆はすでに眠りに入ってしまった。パンツ丸出しで。
「…………」
俺は極力何も見ないようにして、そっと掛け布団を掛けた。俺なりの配慮である。
が。
「暑い……」
すぐに事態に気づくと、夏帆は俺の優しさをどけてしまった。子供か。
「まあ、いっか」
ひとつそう言って全てを無かったことにする。目の前で半裸のアンドロイドが寝ていることなど知らん。俺は一人テレビを見る。
と、画面はCMから別番組に切り替わった。家庭の医学的な番組だ。
チャンネルを回す。僕文系なんで。そういうのは向いてないかな。
「ちょっと、起きてくださいよ」
「むー、あと五分」
朝六時。起床した俺が最初にしたことは、出来損ないアンドロイドの目覚ましだった。
「さっきから何回それ言ってるんですか! さすがに起きてください!」
「んにゅーぅー……」
「どっからそんな声出てくんだよ……」
ゆっさゆっさ。こんなに揺らしてこの娘は大丈夫なんだろうか。一応機械なんだよな。
「起きればいいんでしょ起きれば!」
ぐぬぬー。うめき声をあげながら起き上がる夏帆を、俺は呆れた顔で見つつも、
「さて、学校行ってくるから、これ以上劣化しないでくださいね」
「はーい」
玄関に向かって、ドアを開ける。
「いってらっしゃーい」
……割りと律儀に挨拶するところが、またちょっとかわいかったりする。
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